昼下がりの森、静かな寝息とゆらぐ本能
森の静けさは、昼食を終えた二人のまわりに
やさしい布のように広がっていた。
風は木々を揺らし、
葉の影をきらきら揺らす。
エレノアは腹ごしらえを終え、
あたたかな空気に包まれて
少しずつ瞼が重くなっていた。
「……なんだか……眠い……」
敷物の上に座ったまま、
ゆっくり身体を丸めていく。
その横顔は、
さっきまでの笑顔の温度を残したまま
やわらかくほころんでいた。
「エレノア。寝てもいい」
「んー……
じゃあ……ちょっとだけ……」
目を閉じた瞬間、
魔力がふわりとほどけた。
緊張も、警戒も、
全部の力が抜けていく。
完全に“信頼しているとき”の魔力だった。
(……エレノア……)
ルベルはエレノアの隣に腰を下ろし、
寝顔を見守る。
ほんの数分でエレノアの呼吸は
穏やかで深い“眠りのリズム”になった。
胸がゆっくり上下し、
唇が少しだけ開いている。
頬は朝より少し赤く、
まるで陽だまりに溶けてしまいそうだった。
(……危ない……)
胸の奥の核が、
ゆっくり、ゆっくり熱を帯び始める。
理由は分かっている。
「無防備な主」
「安心しきって眠る姿」
「自分を受け入れている魔力の波」
従魔としての“本能”が、
強く反応してしまう条件が
全部そろっていた。
(……触れたい……
でも……触れちゃ……だめ……)
まぶたの細かい震え。
寝息。
頬の薄い紅。
指先が小さく丸まっている仕草。
そのひとつひとつが
心臓の真ん中を刺激する。
(こんな……危険な顔で……寝ないでほしい……)
魔力までざわつく。
胸の奥が“近づけ”と囁くように脈を打ち、
反射的に手が動きそうになる。
けれど――
ルベルはそっと拳を握り、
膝の上に置いたまま動かさなかった。
(ダメだ。
エレノアが望んでいないのに……
俺の……本能で触れるなんて……絶対にしない)
深く、深く息を吐く。
でも視線だけは離せなかった。
風で揺れたエレノアの髪が頬にかかると、
また核が熱を持つ。
結局、彼は
エレノアに背を向けて座り直し
両手を地面に置いて魔力を整えることで
必死に自分を抑えた。
(エレノアが起きた時……
俺が近づきすぎてたら……きっと困る……)
大切な主。
守るべき存在。
でもそれ以上の何かが
胸の奥で膨らんでしまう。
だからこそ、触れない。
(……危険な感情だ……)
言葉にならない感情の渦を
呼吸で必死に押し戻しながら、
ルベルはただ静かに
眠るエレノアを守っていた。
風の音。
鳥の声。
小さな寝息。
そのすべてが
甘く、危険で、
美しすぎる昼下がりだった。




