弟子をひとり拾いました(いや、仕方なく)
翌朝。
陽の光がカーテン越しに差し込み、家の中がゆっくり明るくなっていく。
エレノアは大きく伸びをして目をこすった。
昨日の出来事――禁術、喚び出し、裸の美形、生活能力ゼロの記憶喪失――
どれも夢であってほしい内容がずらりと並んでいる。
(……いや、夢じゃないよね。ぜんぶ現実だよね)
寝癖のままリビングへ向かうと、暖炉の前にルベルが座っていた。
ローブの裾を整え、まるで“待っていた”かのように視線がエレノアへ吸い寄せられる。
「エレノア。おはよう」
その瞬間、胸がきゅっと詰まる。
声が低くて、優しさと響きが混ざっていて、朝から刺激が強すぎた。
エレノアはとりあえず返事をする。
「お、おはようございます……」
ぎこちない。
しかしルベルは気にした様子もなく、すっと立ち上がった。
ゆっくり歩み寄ってきたかと思うと――距離が近い!
「昨日……教えてくれた言葉、少し覚えたよ」
「ちょ、ちょっと待って近い近い近い!!」
顔の距離が手のひらひとつ分しかなくて、エレノアは慌てて後ずさる。
ルベルは首を傾げた。
「近い……と駄目なの?」
「だ、だめじゃないけど……あの……心臓が……!」
「心臓が……痛い?」
「いや、違う!いや違うけど違うけど!!」
説明にならない説明をしながら、エレノアは一度落ち着くために深呼吸をした。
(そうだ……この人は生活能力がないんだから……まず基本を教えないと)
覚悟を決め、咳払いをする。
「ルベル。今日から、あなたの生活に必要なことを教えます」
「……全部?」
「全部です。
あなたは知らないものが多いので……放っておいたら危ないので……」
ルベルはゆっくり瞬きし、ふわりと微笑んだ。
「エレノアが教えてくれるなら……全部、覚えたい」
なぜそんな甘い言い方なのか。
朝から心臓が忙しい。
まずは簡単なところからと、エレノアはマグカップを持ち上げた。
「これは覚えてますよね? 昨日教えました」
「飲む……器」
「そうです。はい、お水です」
ルベルはマグを受け取り――しげしげと眺め、
まず匂いを嗅ぎ、
そして両手で包むようにして飲んだ。
「……冷たい」
「それです! それが“冷たい”です!」
「なるほど……」
昨日に続き吸収力が異常に高い。
言語能力は完璧なのに、経験がゼロ。
これは本当に基礎教育からのスタートになる。
(うう……弟子が欲しかったわけじゃないのに……
でも、このまま放置はできないし……
いや、仕方なく……仕方なく!)
しかし、ルベルは柔和な表情でエレノアを見つめたまま言う。
「エレノアが僕の……先生になるんだね」
「せ、先生って……そんな立派なものじゃ……!」
「ううん。僕は……嬉しいよ」
その一言に、どうしようもなく心臓が跳ねた。
(やめて……そんな顔で言わないでよぉ……)
こうして、
“記憶喪失の美形イケメンに生活の全てを教える”という
前代未聞の師弟(?)関係が誕生した。
もちろんエレノアの本音は、
(いや……完全に自業自得なんだけどっ!!!)
という絶叫で埋まっていた。




