考えてはいけない言葉
ルベル視点
商店を出て、
手に抱えた荷物の重さよりも
胸の奥の“ざわつき”のほうが気になっていた。
エレノアは、
顔どころか耳まで真っ赤にして
「ちがう、ちがう、ちがう……!」
と呟きながら歩いている。
(……恥ずかしい?
怒ってる?
違う……混乱してる……)
揺れる魔力がそう告げている。
だが、
俺の胸をざわつかせているのは
別のものだった。
――店主の奥さんが言った言葉。
『もし体調に変化があったら、いつでも言いにおいでね』
体調の変化。
(……体調……?
どういう意味だ……?)
普通なら、
疲れや風邪や貧血のことを指すのだろう。
だが奥さんの言い方には、
もっと別の“含み”があった。
女性特有の変化。
生活が変わることで生じる変化。
そしてなにより――
視線が“俺とエレノア”を交互に見ていた。
(……エレノアに……
俺との……なにかで……
体の変化が……?)
胸の奥の核が、
ふるりと震えた。
喜びでも、
欲でもなく。
“可能性への反応”。
(……そういう……ことが……
俺とエレノアの間で……起こりうる……?)
思考した瞬間、
意識が危険な方向へ傾く。
エレノアを守るために作られた“核”が、
主である彼女の未来に関わる言葉へ
強く反応してしまうのだ。
主のために残せるもの。
主と自分を繋ぐもの。
(……エレノアの体の……変化……)
ありえない。
今の俺たちは“そういう関係”ではない。
エレノアが困ることはしない。
距離も守る。
彼女が嫌がることは絶対にしない。
でも――
核は現実より先に“未来”を想像して反応する。
魔力が熱を帯び、
背中までじんわりと温かくなる。
(……もし……
エレノアに“そういう変化”が起きたら……
俺は……どうする……?)
その問いは、
理性を試すには重すぎた。
想像しただけで魔力が脈打ち、
掌が熱を持つ。
エレノアの体調が変わるほどの“なにか”。
それが自分に関係しているかもしれない未来。
(……考えるな。
まだ……考える段階じゃない)
必死に頭を振る。
それでも、
奥さんの柔らかい笑顔と
エレノアの真っ赤な顔が
脳裏に焼き付いて離れない。
(エレノアに……変化……
エレノアの体……)
核がまた震えた。
このままでは危険だ。
抑えきれなくなるほどに“想像”が膨らむ。
そんな時――
「ルベル!? どうしたの!?
顔赤いけど!?
荷物重かった!?
魔力暴走!?
え!?なに!?」
エレノアが慌ててのぞき込んだ。
その距離が近すぎて、
核が跳ねた。
「……エレノア……ちょっと……距離……」
「え!? ご、ごめん!!」
一歩下がるエレノア。
その瞬間、
胸を締め付けていた熱がふっと緩む。
(……危なかった……
本気で……危なかった……)
深く息を吐き、
平静を装って言った。
「……大丈夫。
考えすぎただけ」
「なにを!?」
聞かれても言えない。
“言ったらもっと危険だから”。
ルベルはただ、
視線をそらして小さく呟いた。
「……エレノアの体調の……話」
「~~~っ!!!
ちっ、違うの!!
あれは違うの!!
違うからね!!?」
エレノアが再び爆発し、
顔を真っ赤にして荷物を抱え直す。
その様子に、
核の熱がまた微かに揺れた。
(……考えるな……
でも……
未来に……ありえないわけじゃ……ない……)
そんな危険な思考を抱えたまま、
二人は荷物を持って村を後にした。




