買い出しへの道
朝の仕度を終え、
エレノアとルベルは並んで家を出た。
空気はひんやりしていて、
朝露が光る森の小道を歩くたび、
草の匂いが柔らかく立ちのぼる。
けれど――
エレノアは少し落ち着かなかった。
(……昨日、あんなことがあって……
普通に歩けるのかな……)
ふと横を見る。
ルベルは、
フードを深くかぶり、
エレノアとの距離を守りながら黙って歩いていた。
けれど“気配だけ”は隠しきれていなかった。
眠気の名残で魔力が丸く揺れているのに、
その奥では従魔の“核”がゆっくり呼吸している。
――大きく、静かで、強い。
人間のものではない気配。
(……ルベルって……
本当に隠しきれないんだなぁ……)
怒っているわけでも、
警戒しているわけでもないのに。
ただ歩いているだけで
“普通じゃない存在”なのが伝わってしまう。
村の入口が見えると、
いつものように小さなざわめきが起こった。
「あれ……?また背の高い人……
あのフードの……」
「エレノアが連れてるの……誰?
親戚?じゃないよね?」
「なんか……近寄りがたい雰囲気……」
やっぱり今日もざわざわ。
エレノアは心の中で頭を抱えた。
(うぅ……
隠せないオーラってやつだ……)
昨日の出来事で緊張していたからか、
ルベルの魔力はいつもより敏感で、
周囲に少し漏れやすくなっている。
しかも本人は隠しているつもりなので、
余計に“謎の巨大な存在感”になっていた。
「エレノア」
低く抑えた声が隣から落ちてきた。
「人が……多い。
離れすぎないで」
(えっ……)
思わず胸が跳ねる。
昨日、意識しすぎて距離を取り過ぎていたせいか
ルベルは慎重に距離を測っている。
半歩寄る → エレノアが驚く
→ 半歩引く → エレノアが寂しそうにする
……という昨日の流れを覚えているらしい。
今日はその“ちょうどいい距離”を
必死に探しているのが伝わる。
(……なんでそんなに真剣なの……)
恥ずかしさと嬉しさが胸の奥で混ざる。
すると、すれ違った村のおじさんが
ルベルをちらっと見上げて、固まった。
「……なんだ、あの目……
赤い……?」
(や、やめて……見ないで……!!)
エレノアは慌てて
ルベルの袖をつまんだ。
「ルベル、フード、もう少し……深く……!」
「……うん」
素直に従うルベル。
それがまた目立つ。
夫婦のように見えるのか、
保護者のように見えるのか、
あるいは護衛のように見えるのか。
村人たちはみんな、
少し距離を取って二人を見守った。
ざわ……ざわ……
「エレノアが連れてるなら悪い人じゃないだろうけど……」
「てか、なんであんな美形……?」
「エレノアの……知り合い?知らなかった」
エレノアの背中に汗がにじむ。
(……ボッチだった過去が……
じわじわ効いてくる……つらい……)
しかし隣のルベルは、
まったく気づかずに真面目な声で言った。
「エレノア。
買い物……何を買う?」
「え、えっと……
塩と、ハーブと……あと肉と……」
「全部……持つ」
即答。
(……ありがたいけど……
また目立つ……)
だが断れない。
エレノアはため息をつきつつ、
村の商店へ歩き始めた。
村人の視線はずっと背中に刺さってくる。
そのたびに――
ルベルの魔力が、
エレノアを守るようにふわりと揺れた。
眠そうな魔力なのに、
ちゃんとエレノアのために働いている。
それだけで、
エレノアの胸はまた少し熱くなる。
(……もう……
慣れるしかないのかな……)
そう思いながら、
二人は村の中心へと向かっていった。




