眠そうな朝と、ゆらゆら揺れる魔力
翌朝。
家の中には、昨日の夜よりも静かで、
どこかぼんやりとした空気が漂っていた。
眠れなかったせいだ。
部屋から出てきたエレノアは、
目の下にうっすらと影を落として、
ふわふわの寝癖を頭に乗せたまま
ぽてぽてと階段を降りてきた。
同じ頃――
ルベルも廊下の角から姿を現した。
彼もまた、明らかに寝不足だった。
いつもより動きが少しゆっくりで、
まばたきが多い。
魔力もほんのり霞がかったように揺れている。
そして、二人の視線がふわっと重なる。
「……お、おはようございます、ルベル」
声は小さく、
語尾がちょっとだけ揺れていた。
「……おはよう、エレノア」
ルベルの返事も
いつもの澄んだ低音ではなく、
眠気にひっかかれた柔らかい声だった。
沈黙。
……そして魔力が、
ふたりの間で“ぽわん”と揺れた。
昨夜の“反応の強さ”とは違う、
もっと丸くて柔らかい、
まるで寝ぼけているみたいな揺れ方。
(……魔力まで眠そう……)
エレノアは思わず頬を押さえ、
ルベルは瞬きしながら首をかしげた。
「……エレノアの魔力、
いつもより……やわらかい」
「る、ルベルの魔力もですよ……
なんか……目が覚めてない感じ……」
ふたりとも、
眠れなかった理由は言わない。
言えない。
でも、お互いに察している。
だから、
朝の空気は気まずいのにどこか優しい。
エレノアは深呼吸し、
今日の予定を思い出す。
「……あの、今日は……
買い出しに行こうと思ってて」
ルベルはこくりと頷く。
「食材……少なくなってる。
ストックも……減ってる」
「そうなんです。
前は一人だったから余裕あったんですけど……
いまは二人だから……」
言った瞬間、
胸の奥がぽっと熱くなる。
“二人で住んでいる”
という事実が、
ようやく生活の形として実感を持った。
ルベルの瞳も、
静かに、でも嬉しそうに揺れた。
「……買い出し。行こう。
エレノアと……一緒に」
その言葉はごく自然なのに、
まるで誓いのようにまっすぐで。
エレノアの胸に、
昨日とは違う種類の温かさが広がった。
「じゃ……じゃあ、準備しますね」
「うん。俺も……行く準備、する」
ふたりの声はまだ眠たげで、
魔力もゆらゆら揺れたまま。
だけどその揺れは、
昨日のぎこちない距離とは違い、
どこか穏やかで寄り添うようだった。




