鉢合わせ
夕食の香りが、
家の空気にゆっくりと広がっていく。
私は思いきって立ち上がった。
足が震えるけれど、それでも前へ歩き出す。
(行かないと……
これ以上、この沈黙を続けたら……
もっと動けなくなる……)
同じころ。
キッチンでは、
ルベルがそっと包丁を置いた。
(……呼びたい。
でも……怖がらせたくない。
それでも……行かなきゃ……)
互いの迷いが、
互いを引き寄せるように。
二人は――
別の場所から同時に“リビングの中央”へ向かって歩き出した。
広い部屋ではない。
同じタイミングで歩けば、
当然、真ん中でぶつかる。
カツ……
カツ……
微かな足音が重なる。
角を曲がる必要も、
扉を開ける必要もない。
ただ歩いた先に――
互いがいた。
「――え」
「エレノア」
呼吸が重なる。
ほんの一瞬、
世界の温度が変わったように感じた。
近い。
さっきより、
魔力がずっと近い。
私は思わず立ち止まり、
ルベルも同じタイミングで止まった。
距離は、
手を伸ばせば触れるほどの半歩。
魔力がふるりと震えた。
あの“線”を繋いだ時よりも、
もっと生々しく揺れる。
(ち……近い……!
なんでこんなタイミングで……!)
(……来てくれた。
エレノアの方から……)
ルベルの瞳がわずかに揺れる。
安心と喜びが滲み出るように。
言葉が出ない。
言葉よりも先に、
魔力が触れそうになる。
胸がぎゅっとなる。
沈黙。
でも、もう“気まずさ”ではない。
驚き、
安心、
そして少しの照れ。
重くて、甘くて、
逃げ場のない沈黙だった。
二人は、ただそこに立っていた。
まるで互いに吸い寄せられるように。
(……どうしよう……
この距離……動けない……)
(……エレノア……
触れたいけど……触れちゃいけない……)
同じ気持ち。
同じ迷い。
だから、動けない。




