行けないままの時間
夕食の香りが、
リビングまでふわりと流れてくる。
いい匂いだ。
食べたい。
お腹も空いてきた。
でも――
キッチンへ行く勇気が出ない。
(さっき……私……
魔力揺らしすぎたよね……)
ルベルの一歩。
止まった足。
あの表情。
思い出しただけで胸が痛くなる。
ルベルが悪いわけじゃない。
むしろ、あれだけ抑えたことがすごい。
でも、
その努力を思うと胸の奥がぎゅっとなる。
(……合わせる顔がないよ……)
ルベルが気まずいのはきっと私のせいだ。
魔力も心も、
どっちも動揺させてしまった。
そんな状態で、
「夕ご飯に行きます」なんて
どうやって言えばいいの?
ソファの端に座り込み、
膝を抱えて小さく丸まる。
沈黙が重い。
(行かなきゃって思うのに……
足が動かない……)
ルベルの気配がキッチンから漂う。
集中しようとしている音。
静かに呼吸している気配。
(あっちも……迷ってる?)
そう感じた瞬間、
胸の奥がずきりと熱くなった。
私だけじゃない。
たぶんルベルも同じで。
行きたいのに行けない。
話したいのに話せない。
(……このままじゃ……だめだよね……)
分かっているのに、動けない。
呼びに行くべきなのか、
呼ばれるまで待つべきなのか――
その判断すらつかないまま
時間だけが過ぎていく。
指先をぎゅっと握りしめ、
私はついに立ち上がった。
(よし……! 行く……!)
同時に――
キッチン側からも小さな気配が動いた。
(あれ……?
ルベル……今……動いた……?)
嫌な予感。
次の瞬間――
私は思わず駆けだしていた。




