呼びに行く勇気が持てなくて
夕食がほぼ出来上がった。
スープの香りがキッチンに満ち、
皿の上には野菜の付け合わせと焼いた肉。
本来なら――
「できた」と呼びに行く場面だ。
だが、俺は動けなかった。
(……行くべきだ。
夕食はエレノアと一緒に食べたい)
でも足が、一歩も前へ出ない。
エレノアの魔力がまた揺れたら、
俺はきっと反応してしまう。
視線を合わせるだけで、
さっきみたいに“核”が震えるかもしれない。
もし無意識に近づいてしまったら――
エレノアが困る。
(俺は……エレノアを困らせたくない)
キッチンの扉越しに、
彼女の気配が薄く伝わってくる。
静かだ。
だが、沈黙の中に“不安”が混ざっている気がした。
エレノアは怖がっているのだろうか。
それとも、避けているのだろうか。
(……俺が、怖いか……?)
胸がきゅっと痛んだ。
さっきの一歩。
ほんの一歩。
あれでエレノアの顔が揺れた。
驚き、戸惑い、
少しだけ怯えているように見えた。
(あんな顔、二度とさせたくない)
だから呼びに行けなかった。
でも、呼ばれなければ――
エレノアは夕食をとらないかもしれない。
(どうしたら……いい?)
魔力の熱が胸に溜まり、
出口を失って苦しくなる。
そのとき、シンクの前で独り言のように呟いてしまった。
「……エレノアに……
“食べにおいで”って言いたい……のに……」
自分の声が震えていた。
行きたい。
けれど行けない。
呼んでほしい。
けれど迷惑をかけたくない。
そんな葛藤の中――
扉の向こうの気配が、かすかに変わった気がした。
(……エレノアも……動けないのか?)
そう思った瞬間、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
“同じ気持ちでいてくれたら”
そんな期待をしてしまいそうで――
俺はまた動けなくなった。




