衝動から距離を置く
ルベル視点
キッチンに足を踏み入れた瞬間、
俺は壁にもたれかかり、浅く息を吐いた。
(……だめだ……さっきは……本当に危なかった)
エレノアの魔力の線が俺の魔力に触れたとき、
胸の奥の“核”が跳ね上がった。
ただ反応しただけじゃない。
近づきたい
触れたい
確かめたい
そんな欲求が、
理性より速く足を動かそうとした。
実際に、一歩出てしまった。
止めたのは、
本能ではなく、
“エレノアが怖がる”という恐れだった。
(エレノアを困らせるのは嫌だ……
……離れろと言われたら離れる。
近づいていいと言われるまで、俺からは動かない)
そう決めているのに――
彼女の魔力の余韻がまだ体内に残っている。
胸の奥が熱い。
掌がじんじんする。
呼吸が落ち着かない。
こんな状態でエレノアのそばにいたら、
また線が揺れてしまう。
だから、キッチンに逃げた。
まるで、
自分の衝動から距離を置くために。
シンクに手をつくと、
指先がわずかに震えていた。
(……どうして、こんなに……)
理由は分かっている。
召喚陣で彼女の魔力を刻みつけられ、
封印術でその魔力をもう一度受けた。
種として、
核として、
“エレノアに特化した存在”になってしまっている。
だからこそ、
信頼されたい。
褒められたい。
近くにいたい。
それら全部の欲が、
魔力の反応に直結してしまう。
(でも、エレノアが困るなら……
俺は動かない)
包丁を握り、野菜を切りながら
意識をそらそうとする。
それでも、
意識はエレノアのいるリビングへ向かってしまう。
扉は開いている。
声をかければすぐ届く距離だ。
けれど――
今行けば、また揺れる。
だから、行けない。
(呼ばれるまで……待つ)
夜が静かに深まっていく。
その静けさが、胸に刺さる。
魔力が混ざったせいで、
こんなにも“離れる時間”が苦しいなんて
初めて知った。




