手を離したあとに残るもの
魔力の線をほどいた瞬間、
部屋の空気が少しだけ軽くなった。
けれど――胸の奥だけは全然軽くならない。
心臓がまだ熱くて、
さっき混ざった魔力の余韻が抜けていかない。
(だめ……落ち着かない……
落ち着きたいのに……)
ルベルを見るのが少し怖くて、
私は視線を落としたまま深呼吸した。
沈黙が、落ちる。
静かすぎる。
魔力を合わせていたときよりも、
ずっと息苦しい。
ふと顔を上げると、
ルベルがほんの少しだけ戸惑った表情を浮かべていた。
いつものように従順で、
いつものように冷静なはずなのに――
どこか“逃げ場を探しているような”目。
(あ……
やっぱり……私だけじゃないんだ……
困ってるの、ルベルも……)
唇がかすかに震えた。
「そ、そろそろ……終わりに……しましょうか」
やっと口にできた言葉は、少し情けなかった。
ルベルは一拍だけ遅れて頷いた。
「……うん」
その“間”に、
彼の迷いと混乱が全部詰まっているようで――
胸がぎゅっとなる。
そして。
次の瞬間、
ルベルは視線を逸らして言った。
「……エレノア。
夕食……作る」
声がわずかに上ずっていた。
まるで
“今ここにいたらまた揺れてしまう”
と言わんばかりに。
エレノアの魔力に触れないようにするためなのか、
それとも自分の本能を抑えるためなのか――
彼は明らかに“逃げるように”
キッチンへ歩いて行った。
足音は静かなのに、
その背中はどこか必死で。
(……ルベル……)
呼び止めることもできず、
私は力の抜けた膝でその場にしゃがみ込んでしまった。
胸に手を当てる。
とくん、とくん、とくん――
魔力が、心臓に応じて細かく震える。
(やだ……
なんで……泣きそうなの……?)
苦しい。
でも嫌じゃない。
なのに苦しい。
魔力が混ざったときの感触が残ってる。
手を繋いだわけでもないのに、
指先が熱い。
このままじゃ、
何かが変わってしまいそうで――
怖い。
でも、
変わってしまってもいいかもしれないと
一瞬思ってしまった自分がもっと怖かった。
(……私……どうしたいんだろ……)
分からない。
だけど、彼の背中を追う勇気は出なかった。
キッチンからは、
遠くでお皿を置く小さな音だけが聞こえていた。
二人の沈黙は、
夕暮れよりも深く落ちた。




