心地よさと危うさの自覚
線が繋がった瞬間。
胸の奥がそっと溶けた気がした。
(……あ……あったかい……)
触れていないのに。
距離もあるのに。
まるで掌を包み込まれたみたいな、
そんな温度が胸の下に落ちて広がる。
(なにこれ……魔力なの……?
それとも……ルベル……?)
そのどちらなのか分からなくなるほど、
二つの魔力は自然に混ざった。
私の魔力は柔らかく揺れ、
それにルベルの魔力が静かに寄り添う。
強く押してくるわけじゃない。
乱暴でもない。
ただ――
優しい。
それがいちばん危険だ。
優しい魔力は、
簡単に心をゆるませる。
(あ……気持ちいいかも……)
そう思った瞬間、
自分でドキッとしてしまった。
“気持ちいい”なんて。
危ない。
油断してる証拠だ。
でも――
線づたいに感じるルベルの魔力は、
本当にあたたかくて、
なぜか涙が出そうになるほど安心した。
(こんな風に魔力を混ぜたこと……
今まで、誰ともなかった……)
師匠とも違う。
封印のときとも違う。
私の魔力の揺れを、
誰かが“受け止めてくれる”という感覚。
いつもひとりで必死に制御してきた魔力が、
こんなに自然に馴染むなんて。
(……ずるいよ、ルベル……
こんなの……慣れたら戻れない……)
ふっと、線が震えた。
あ……揺れた。
私の魔力じゃない。
ルベルのほうが揺れた。
(え……?)
驚いて顔を上げた先――
ルベルが、
わずかに一歩、前に出ていた。
目が合った。
赤い瞳が、
熱を押し殺すように揺れていた。
その一歩に、
胸がきゅっと掴まれる。
(や……やっぱり……
近づきたいって……思ってるんだ……)
でも。
その一歩は、途中で止まっていた。
ルベルは自分の影を見るみたいに、
足元で動きを封じている。
近づきたい。
でも近づかない。
欲求を飲み込み、
私を守ろうとしてくれている。
その姿が、
なぜか胸に刺さった。
(……なんでそんな顔で我慢するの……
そんなの……反則じゃん……)
線がまだ繋がっている。
そのせいで、
ルベルの“抑えてる気持ち”が
魔力越しに伝わってきてしまう。
あたたかい。
苦しい。
嬉しい。
寂しい。
全部が混ざった複雑な揺れ。
(……だめだ……
こんなに伝わってきたら……
距離なんて……守れない)
私は慌てて線をほどこうと、
魔力を少し引いた。
線がふわっと緩む。
同時に、
胸の奥の熱も少しだけ落ち着いた。
「ル……ベル……」
震えた声を出すと、
ルベルはすぐに目を伏せ、
足を元の位置に戻した。
「……ごめん。
勝手に動いた」
「い、いいです……!
本能ですもん……!
止まってくれたし……!」
言いながら、
自分の顔が熱くなるのが分かった。
(ほんと……やば……
今の、ちょっと……よかった……なんて……思ってない……思ってない……)
線を完全にほどくと、
空気が軽くなる。
でも――
残った温度は消えなかった。
胸の奥に、
彼の魔力の余韻がまだ残っている。
心地よくて、
危険で、
忘れられない温度。
(……もう……
ほんとに……逃げられないかも……)
この距離は、
もう“弟子と主”じゃない。
それに気づいてしまったからこそ――
私はしばらく、
呼吸を整えることしかできなかった。




