理性と本能のせめぎあい
ルベル視点
魔力の線が触れた瞬間――
世界の色が変わった。
エレノアの魔力が、
まるで春の風みたいに胸の奥へ流れ込んでくる。
熱いわけじゃない。
痛いわけでもない。
ただ……
心の形に溶けて広がっていくような温度。
(……あぁ……これが……エレノアの……)
息を吸うと、
その魔力が肺まで満ちてしまいそうで、
思わず息を止めた。
触れていない。
ただ線が繋がっただけ。
それなのに、
手を握られるより近く感じる。
脈の速度が変わる。
呼吸が浅くなる。
“核”が震える。
(エレノア……)
ただその名を思うだけで、
魔力がさらに寄っていく。
彼女の線は細くて、柔らかくて、
けれど芯は折れずにまっすぐだった。
触れただけで、
エレノアの“生き方”が伝わってくるような魔力。
(……こんな魔力をもつ人が……
俺を呼んだんだな……)
嬉しさにも似た衝動が胸を突き上げる。
もっと触れたい。
もっと近くで感じたい。
その願いが、
本能より先に動いていた。
足が――勝手に、
一歩、前に出た。
「……っ」
床がかすかに鳴る。
その音に、
自分自身がようやく気づく。
(違う……
今は……ダメだ……!)
エレノアの魔力は揺れている。
不安と戸惑いと、
すこしの期待みたいな混ざった揺れ。
その揺れに応えたら、
本能は喜び、
理性が遠ざかる。
だから――
俺は必死で足を止めた。
かすかに震える膝。
熱を押し込むように固める肩。
胸の奥の“核”が疼いている。
(……壊したくない)
一歩で、彼女を怖がらせるかもしれない。
距離を詰めすぎてしまえば、
魔力が暴走するかもしれない。
だから、止まるんだ。
ただ、止まるためだけに
全身を使った。
線はまだ繋がったまま。
彼女の魔力が流れ込み、
俺の魔力が応えようとする。
けれど俺は応えない。
応えられない。
守るために。
“近づきたい”という
獣の衝動を押し潰して。
(……エレノアが呼んでくれる距離まで……
俺からは近づかない)
線が震える。
彼女の魔力が、またふわりと揺れた。
その揺れが心地よくて、
でも同時に、胸が痛い。
本当は――触れたいのに。
触れてしまえば、きっと楽なのに。
足元に影が揺れる。
夕暮れが深くなる。
その静けさの中で、
俺はただ一歩を耐え続けた。
エレノアのために。
そして、
“彼女の選ぶ距離”を待つために。
魔力の線が、
触れ合ったままかすかに光った。




