手を伸ばす前に、覚悟を整える
ルベル視点
エレノアが休むために部屋を出ていったあと、
リビングには夕方の光が差し込んでいた。
窓の向こうで木々が揺れ、
葉が風に擦れる音がやさしく響く。
光と影が床に模様を描き、
その模様が少しずつ形を変えていく。
静かだ。
だが、
胸の奥だけは静かではない。
(……“手を繋ぐ”)
その言葉が、
ずっと胸の奥で響いている。
触れたいという衝動ではなく、
触れれば制御が壊れるという恐怖でもなく。
“エレノアが提案した”という事実が重かった。
エレノアは警戒している。
距離を取りたがっている。
魔力の揺れを気にしている。
それでも――
俺を拒絶しなかった。
許されたのだ。
少しだけ近づくこと。
少しだけ触れること。
少しだけ魔力を合わせること。
その“少し”に、
どれだけの意味があるのか。
胸の奥が熱くなる。
“核”が反応する。
(……触れたら、揺れる。
揺れたら、距離を求める。
わかってる……)
自分の中にある衝動を、
完全に押さえ込めているわけではない。
エレノアの魔力は柔らかくて甘い。
触れたら、もっと欲しくなる。
それを自覚している。
だからこそ。
(……だから、抑えなければいけない)
エレノアは“触れたら危険”だと知っている。
なのに提案した。
彼女は勇気を出した。
自分の魔力の揺れを受け止める覚悟をした。
それなら、
俺も覚悟しなければならない。
風がカーテンを揺らし、
夕日の光が橙に変わっていく。
その光の中で、
俺は自分の手をじっと見つめた。
細く長い指。
エレノアが触れたとき、震えてしまった手。
魔力の残り香が消えない手。
(……この手で、エレノアの手を包む。
それは、ただの接触じゃない)
“契約”にも似ている。
手を繋ぐというのは、
魔力を流し合うということ。
心を覗き合うような行為。
距離を間違えれば彼女を傷つける。
でも――
距離を正しく測れれば、
彼女を守る力にもなる。
エレノアが言った。
“まだ早いけど、少し距離を詰めて流れを見るくらいなら”
それはつまり、
俺に近づくことを許したということ。
胸の奥で“核”が静かに脈を打った。
(……ありがとう、エレノア)
言葉にはならなくても、
本能が言っていた。
守りたい。
壊したくない。
触れたい。
でも触れない。
それら全部を抱えながら、
彼女が差し出してくれる未来へ進むために。
深く息を吸う。
そして、
ゆっくりと手を握った。
(……エレノアが“繋いでもいい”と言うまで。
俺はこの手を、絶対に暴走させない)
光が完全に夕暮れに変わるころ――
俺の覚悟は、ようやく静かに形になった。




