気づけば“二人の生活”
午後の家事レッスンが一通り終わるころ、
私はふと気づいた。
(……あれ?
なんか、家の中の雰囲気が……違う?)
机の上の本。
棚に並ぶ薬瓶。
床の明るさ。
空気の流れ。
全部――以前より整っている。
整いすぎている。
(私がひとりでやってた頃より、ずっと綺麗……
っていうか……きれいすぎる……)
ルベルの手が入ると、
片付けも掃除も、
生活動線まで改善されてしまうらしい。
そしてもうひとつ。
家の空気に“私以外の気配”がある。
生活音が増えたわけじゃない。
むしろ、ルベルは驚くほど静かだ。
でも――
振り返ればそこに居る。
歩けばついてくる。
物を取れば差し出してくれる。
その積み重ねが、
家の中に新しいリズムを生んでいた。
(これ……もう完全に……二人暮らしなんじゃ……)
いや、違う。
正確には――
二人で一つの生活を回している、みたいな感覚。
午前中の料理、
午後の片付け、
家事レッスン。
どの瞬間も、
私は“ひとりで何かをしていない”。
常にルベルの視線があり、
気配があり、
わずかな体温すら感じる距離にいる。
魔術師としては危険かもしれない。
だって魔力の揺れが止まらない。
でも。
寂しくない。
寂しさが――
完全に消えている。
(……おかしいな。
家にひとりでいるのが普通だったのに……)
ひとりの時間が、
重く感じない代わりに、
“ひとりじゃない時間”が妙に心に残る。
キッチンへ向かうと、
ルベルが整えた棚が光を反射した。
その光景は、もう私の知っている家じゃなくて、
“私とルベルの家”になり始めていた。
(だめだめ。
そんな考え方……変だよ、私……!
これは一時的な同居で……
禁術の後処理みたいなもので……)
そんな必死な言い訳をしていた時。
後ろからルベルが静かに言った。
「……エレノア」
少し驚いて振り返る。
ルベルはいつものように三歩後ろ。
でも、空気はもっと近い。
「な、なんですか?」
ルベルの瞳が少し揺れ、
でも声はやさしい。
「……エレノアが動くと……
“生活してる”って感じがする」
「……え?」
「俺は……まだこの世界のこと、よく知らない。
でも……エレノアのそばだと……全部、わかりやすい」
胸が、ぎゅっと熱くなる。
ルベルは続ける。
「朝起きること。
食べること。
片付けること。
部屋を明るくすること。
……全部、エレノアの動きで覚える。
だから……エレノアの生活の形が、
そのまま……俺の形になっていく」
それはつまり。
あなたの生活を、俺が覚えていく。
あなたと同じ生活になる。
あなたと一緒に暮らす形に染まっていく。
そういう意味だった。
言葉がでない。
(そんな……
そんな風に言われたら……
もう、二人暮らしって言ってるようなものじゃない……)
ルベルはふっと微笑む。
「……エレノアの“生活”を知るの、好き」
その笑顔の落ち着きが、
逆に私の心を乱す。
胸の奥で、とくん、と魔力が揺れる。
(また揺れた……
もうこれ……私のせいじゃないよね……?)
彼はその揺れに気づいたようで、
遠くからそっと視線を逸らした。
抑えている。
距離を守っている。
でも、そばにいる。
その全部が、
静かに私の生活へ入り込んでくる。
気づけば――
家のすべてが“二人仕様”になり始めていた。




