家事の才能
エレノアは気合を入れ直し、
次の家事レッスンへと進んだ。
「じゃ、じゃあ……次は“洗濯物の干し方”です。
ほら、この洗濯バサミを使って……」
説明を始めるエレノアの横に、
またもや音もなくルベルが立つ。
(ちょ、もう移動が無音すぎて心臓に悪い……!)
だがルベルは真剣そのもの。
エレノアの手元をじっと見つめている。
「こう、布を……つまんで……」
“パチン”
エレノアが留めるより早く、
ルベルがもう片側を留めていた。
しかも綺麗に一直線。
「は、はやっ……!」
「エレノアの指の動きで、わかった」
この説明に理屈はない。
ただ天性と本能と忠誠の塊。
エレノアは次の布を渡すが――
渡す瞬間に手が触れ、
魔力がふわりと揺れた。
(あっ……揺れた……!
だめ、また……!)
ルベルの呼吸が止まる。
ほんの一秒。
それだけで空気が変わる。
「……エレノア」
低く、静かで、
熱を押し殺すような声。
(やばいやばいやばい……!)
エレノアは反射的に叫ぶ。
「ルベル、離れて!!」
ピタッ。
即座に三歩下がる。
(ほんとに離れるのだけは早い……!
でもそれ以外は全部距離ゼロ……!!)
エレノアは心を整え、
またレッスンに戻る。
布を干していくうちに、
ルベルは完全にコツを掴んだようで、
2枚、3枚、5枚とテンポよく干していく。
しかも美しい。
水平。等間隔。影まで整ってる。
(なんなのこのセンス……
家事の才能まで……!?)
エレノアが驚いていると、
ルベルがふと動きを止めた。
「……エレノア」
「はい?」
「褒めて」
「ぶっ!!!!」
洗濯バサミを落としそうになる。
(ちょ……直球すぎる……!
なんでそんなこと……平然と……!)
ルベルは真剣だ。
子どもが褒められたいわけではない。
主としての評価を求めている。
だが、
その瞳の奥には――
それ以上の“感情”が混ざっていた。
エレノアはたまらず視線をそらす。
「え、ええと……
す、すごく……きれいに干せてます……」
ルベルはその一言を聞いた瞬間に表情を緩めた。
目元の力がふっと抜け、
胸の奥で優しい火が灯ったような顔。
ぐっ……と心臓が掴まれる。
(ずるい……その顔……!)
魔力が揺れた。
やばい。
エレノアが慌てて制御しようとした瞬間――
ルベルの喉が小さく震えた。
「……揺れた」
「揺れてません!!」
「揺れた」
「揺れたかもしれません!!」
言ってしまった。
ルベルは近づきかけたが、
すんでのところで踏みとどまった。
(あ、今……本能が出た……!
危なかった……!)
エレノアは深呼吸しながら髪を結い直し、
次の家事へ向かう。
しかしその背後で――
ルベルは触れられた手首を、
そっと胸元で押さえていた。
エレノアの魔力の残香が、
まだ熱く残っているかのように。
そして静かに、
誰にも聞こえない声で呟く。
「……もっと褒められたい。
もっと近くにいたい……」
遠ざけようとすればするほど、
獣の本能は強く結ばれていく。
エレノアの日常は、
家事レッスンとともに甘く、危険に深まっていった。




