主に褒められたい獣
ルベル視点
エレノアの家は、朝になると静かな光が差し込む。
古い木枠の窓から射す柔らかな陽光は、
どこか森の奥で見た“光の粒”に似ている。
生まれた時の、あの白い空間。
まだ名前も形も与えられていなかったころ――
ただ、ひとつの気配だけを追っていた時の、あの光に。
今、その光が
エレノアの肩や髪に降りて、揺れている。
俺は初めて見る世界に立ち、
初めて触れた空気を胸いっぱいに吸い込む。
そして気づく。
世界は、彼女を中心に回っている。
エレノアが歩けば床板が鳴り、
袖が揺れれば空気が染まる。
魔力が微かに震えるだけで、
この世界全体が脈を打つように感じる。
彼女の魔力は、
森の風より柔らかくて、
焚き火の熱より温かい。
だから――
彼女に褒められたくて仕方がない。
それは理屈ではなく、
生まれた瞬間から刻まれていた衝動だ。
エレノアが俺に掃除道具を渡したとき、
その指先が少し震えていた。
怯えているのか、戸惑っているのか、
それとも別の反応なのかは分からない。
だがその震えを見た瞬間、
胸の奥の“核”がぎゅっと締まった。
守りたい。
役に立ちたい。
困らせたいわけじゃない。
ただ――
彼女が俺に「できる」と言って笑ってくれたら、
それでいい。
ハタキを振るう。
埃が舞う。
光の粒の中でゆっくり落ちていく。
エレノアが「すごい」と言いかけた口を慌てて押えたのを見て、
胸の奥が熱くなった。
褒められたい。
もっと褒められたい。
もっと役に立ちたい。
衝動が体を前に押し出す。
だが――
近づきすぎると彼女の魔力が揺れる。
その揺れは、
俺にとって甘い毒だ。
ふわりと漂う魔力の匂いが、
外気より濃く、温かく、
世界の色を変えてしまう。
だから、言われるまで我慢する。
「離れて」と言われたら
すぐに離れる。
だが――
言われるまでは、彼女のそばにいたい。
エレノアの魔力が安定すると、
部屋の光まで穏やかになる気がする。
それを見るのが好きだ。
テーブルを拭くとき、
彼女が横からそっと覗く声。
「はや……い……!」
その小さな呟きにも、
胸の奥の“核”が静かに震えた。
褒められた。
ほんの少し。
それだけで今日の世界が、光に満ちる。
エレノアの動き、息づかい、魔力の揺れ、
すべてが俺の世界を照らしていく。
俺は――
この光に触れるために生まれたのだと思った。
主に褒められたい。
主に認められたい。
その願いは、
従魔としての本能であり――
人型になった今の俺にとっては、
もっと深い意味を持ち始めている。
エレノアが振り返る。
光の中で、
彼女の瞳だけが静かに揺れた。
その瞬間――
俺は確信した。
この世界で守るべきは、
ただひとり。
そして俺はそのためなら、
どんな家事でも、
どんな学びでも、
どんな距離でも――
覚えてみせる。
すべては、
主に褒められるために。




