本気で受けに来た顔
エレノアは泡まみれの指先を水で流しながら、
背後のルベルをちらりと見た。
三歩下がって静止している――
それだけはルール通り。
だが。
視線は刺さっている。
完全に“次の行動待ち”。
(ああ……これ絶対……本当に教えることになるやつだ……)
逃げ道はない。
エレノアはタオルで手を拭きながら、
そろそろと振り返った。
「……本気で、家事……覚えたいんですか?」
「覚えたい」
迷いのない即答。
「誰かのために動くのは……俺の役割。
エレノアの隣にいるなら……全部できる方がいい」
(“隣にいる”のが前提なのね……
そこ変わらないのね……)
エレノアは両手を胸元でぎゅっと握った。
逃げたいわけではない。
ただ、
距離感の問題で命が削れるだけ
である。
しかし、
ルベルの表情にはひとつの感情がある。
焦りでも不満でもない。
「役に立ちたい」という純粋すぎる願い。
それが、エレノアの胸にじんわり響く。
彼は本来、獣。
生まれた理由も、性質も、存在の根源も、
誰かのために動くために作られている。
その“誰か”が今、エレノアになっている。
(……私が呼んだから……
私が責任を持たなきゃいけない……よね)
エレノアは深呼吸し――
(魔力が揺れるから最小限で)
ゆっくり言った。
「……わかりました。
じゃあ……今日から、少しずつ教えます」
ルベルが微かに目を見開く。
そして――
静かに、柔らかく、嬉しそうに息を吐いた。
「エレノア……ありがとう」
その声音の甘さが、
ストレートに心に刺さる。
(くっ……ありがとうって言われると弱い……!
距離ルール危うい……!!)
だが言ってしまった以上、覚悟するしかない。
「じゃ、じゃあ……まずは簡単なところから。
掃除道具の使い方あたり……」
そう言った瞬間。
ルベルの気配が、ほんのり変わった。
期待と、集中と、主への忠誠が混ざった“仕事モード”。
一度スイッチが入ると、
たぶん彼は止まらない。
(……これは……
家事レッスン、本気で受けにきた顔……!)
エレノアはごくりと唾を飲み込んだ。
「ルベル。
ついて……きてください」
「うん」
返事は短く、
けれど限りなく嬉しそうだった。




