スープの味
エレノアはルベルに“初心者でも安全な作業”だけ任せることにした。
まずはスープの味見。
熱い鍋に触れないよう、
レンゲで少量すくうだけ。
「じゃあ、これを……少しだけ味見してみてください」
エレノアは差し出しながら少し距離をとった。
昨日から心臓が忙しいので、
今日は静かにしたい。
……と思った瞬間。
ルベルはその距離を一歩だけ詰めた。
エレノアの手から、
レンゲを受け取るでもなく――
“手ごと包んだ。”
「えっ!?」
温もりが走り、
エレノアの手がびくっと跳ねる。
ルベルはゆっくり、
彼女の手を支えたままレンゲを口元へ運ぶ。
そして――
スープを口に含んだ瞬間。
エレノアを見た。
いや、
見たというより“覗き込んだ”。
真紅の瞳が、
揺らぎひとつなくエレノアへ焦点を合わせる。
(やっ……近っ……!
なんでこっちを見ながら味見するの!?)
ルベルはレンゲを舌先で受け止めながら、
ゆっくり味わい、
まるでエレノアの反応を確認するように呼吸を整えた。
静かな時間。
熱い視線。
心臓の音だけが響く。
味の確認ではない。
“エレノアが作ったものを、エレノアを見て味わってる。”
完全にそれ。
飲み込んだ後も視線は逸らされず、
むしろ深くなる。
「……あたたかい」
低く響く声。
「スープ……ですから……」
なんとか答える。
だがルベルは、
スープ以外の意味を込めて続けた。
「エレノアの味。
やさしい」
「~~~~~~!!!?」
胸に痛いほどの衝撃が走る。
その言葉は違う意味に聞こえて仕方ない。
魔力が一瞬揺れる。
ルベルの瞳が、また細くなる。
まずい。
これ以上はまずい。
エレノアは慌ててレンゲを引っ込めた。
「は、はい!!
味見終わりです!!
次はパンを並べる作業とか……安全なことを……!」
だがルベルはまだエレノアを見ていた。
真剣で、静かで、
どこか獣が静かに尾を揺らす時のような気配。
「エレノア」
「ひゃい……!」
「……君の作るものは……全部、好きになる気がする」
(むり……心臓の寿命……今日で終わる……)
エレノアは震えながらパンを準備し始める。
だが視線が刺さる。
刺さってる。
横を見るとルベルがこちらをじっと見ていた。
「る、ルベル……?
あの……作業は……?」
「エレノアを見るのも作業」
「そんな作業あった!?」
「俺の中にある」
(知らない作業増やすのやめて!!)
エレノアは半泣きになりながらパンを並べつつ、
思ってしまった。
(ルベル……朝から強すぎる……!
魔力安定してるのに、なんでこんなに距離近いの……!?)
しかしルベルはただ静かに言った。
「……エレノアが“おはよう”って言ったときから……
今日は、ずっといい日だと思った」
甘さと危うさの、絶妙な温度。
エレノアの魔力が――
また、ほんの少しだけ揺れた。




