共同生活規定
エレノアは布団を握ったまま、
覚悟を決めた表情でルベルを見つめた。
胸の魔力がまだふわふわ揺れているけれど、
それでも冷静になろうとしていた。
(このままじゃ魔力が整わない……
何より……私が持たない……!!)
だから言った。
震えながら。
「……ルベル。
落ち着くために……生活ルールを作りませんか……?」
静寂。
部屋の空気が、ふっ、と揺れた。
ルベルはすぐには答えなかった。
赤い瞳がエレノアを深く見つめ、
その意味を――
誤って解釈し始めた。
「……生活のルール……?」
「は、はい……!
その……魔力が過敏になってるから、
少し距離感とか、生活パターンとか……
整理した方が……その……」
必死の訴え。
理性的な提案。
しかし。
ルベルの中で浮かんだ答えは、
エレノアの想定とはまったく違った。
「……俺とエレノアの“生活の決まり事”を作る……?」
「え……?
あ、あの……そういう……」
「それって、
一緒に暮らすために必要なことを決めるってこと?」
「ち、違っ……いや違わないけど違う!!」
ルベルの解釈は完全に別方向へ走り始めた。
昨日まで、
“偶然一緒に住むことになった”関係だった。
だが今――
エレノアが“共同生活のルール”を自分に提案している。
それはルベルの中で
“関係の進展”と認識されてしまったのだ。
魔力に触れ、
離れられないほど本能が反応し、
名前を呼ばれただけで心が揺れる今――
その言葉は決定的だった。
「……つまり……
俺とエレノアで家の“共同生活規定”を作りたい……?」
そんな嬉しそうな表情、
エレノアは初めて見た。
(ちょ、ちょ、違うそこじゃないそこじゃない!!
表現が柔らかすぎた!?
言い方が悪かった!?)
エレノアは両手をぶんぶん振った。
「ち、ちが――
ちがうの、ルベル!!
その……共同生活のためじゃなくて……
魔力の……えっと……こう……
安定の……!!」
焦れば焦るほど言葉が迷走する。
ルベルはゆっくり首を傾げ、
少し考えてから、静かに答えた。
「……じゃあ、
エレノアと俺の“距離のルール”を決める?」
「そ、そう!!
そうなんです!!
そういう意味なんです!!」
エレノアは両手をたたんで必死に頷く。
ルベルはさらに誤解を深めた。
「……距離のルール。
エレノアが“俺との距離”を気にするほど、
俺のことを意識している?」
「えっ!? いやちがっ――
いや違わなくもないけど違う!!
ルベルが近すぎるからそうしてるだけで!!」
「俺が近いと……エレノアが動揺する?」
「ぎゃああああ!!
そこ拾わないでぇぇぇ!!」
エレノアの叫びにもルベルは動じず、
むしろ静かに、温かく、
そしてどこか満足げに微笑んだ。
「……エレノアが望むなら、
ルール作り……いい」
(なんでそんな嬉しそうなの!?)
ルベルは一拍置き、
ゆっくりとした声で続けた。
「……俺とエレノアの生活を“整える”ためのルールだろう?
ちゃんと守る。
だから……全部教えて」
その声音に――
“共同生活を自覚した男”の気配が混ざっていた。
エレノアは枕に顔を押し付けたい衝動を必死で堪え、
心の底から思う。
(まずい……完全に誤解された……!!)
こうして、
エレノアの平和な生活のために提案した“生活ルール”は、
ルベルにとって――
ふたりの関係を深める“共同生活規約”の話へと
ねじ曲がって伝わってしまったのだった。




