落ち着かせたいのに、落ち着かない
エレノアは布団をぎゅっと胸に抱え、
ルベルと一定の距離をとろうとする。
魔力が揺れているのはわかる。
だから今は、冷静になりたかった。
深呼吸。
落ち着け、落ち着け私。
「ルベル……あの、本当にだいじょうぶです。
ちょっと起きただけで……魔力が揺れるのは普通ですし……!」
必死に笑顔らしきものを向ける。
だがルベルは微動だにしない。
むしろ――
エレノアの“落ち着かせようとする言葉”にこそ反応した。
「……大丈夫じゃない」
「えっ」
「エレノアの魔力……声が乗った。
揺れが増えた」
(え、声乗っただけで魔力揺れるの!?
なんで!?)
エレノアが意図せず小さな息を吐いただけで、
その魔力の微振動にルベルの瞳がまた細くなる。
過敏すぎる。
完全に“エレノア専用感覚”になっている。
エレノアはたまらず布団を引き寄せ、
魔力を抑えるために胸へ両手を当てた。
「ちょ、ちょっと……深呼吸しますね……!
魔力、整えるので……!」
魔力を安定させるための呼吸法を思い出す。
ゆっくり息を吸って――
その瞬間。
「……っ」
ルベルが息を飲む音がした。
(え……今の呼吸で!?)
エレノアは慌てて呼吸を止めた。
「な、なんで今ので反応するんですか!?」
「エレノアが……吸ったから」
「そ、そ、そんな理由あります!?!?」
「ある。
……魔力、動いたから」
明らかに普通ではない。
エレノアの呼吸に合わせて、
魔力がふるりと揺れる。
揺れるたび、
ルベルの指がわずかに動き、
喉が熱に震えている。
この状態で深呼吸などしたら逆効果だ。
エレノアは顔を真っ赤にしながら言った。
「と、とりあえず!!
落ち着くために……すこし……距離を……」
「だめ」
「会話の余地がない!!」
エレノアがぐいっと布団を引いた瞬間、
魔力がまたぽすっと漏れた。
すると。
ルベルの体が勝手にベッド側へ前のめりになった。
「ちょ……!?」
ルベルは苦しそうに額へ手を当て、
微かに唸る。
「……また……揺れた……
近くにいないと……抑えづらい……」
「わ、私が揺らしてるんじゃありません!!
ただ布団を掴んだだけで……!」
「布団を掴むと……胸の魔力が動く」
エレノアは泣きそうになった。
(どうしたら安定するの!?
触れても揺れる、呼吸しても揺れる、寝返りでも揺れる!?)
ルベルは額に手を当てたまま、低く呟く。
「……離れたくない」
その一言に、エレノアの思考が一瞬止まる。
声は弱い。
でも、それは理性ではなく本能の言葉だ。
エレノアは震える指で布団を握りしめ、
なんとか言葉を搾り出す。
「ルベル……
わ、私……冷静に過ごしたいだけなんです……
魔力も整えたいし……」
「エレノアが整えたいなら……
俺も手伝う」
その言い方がもう危うい。
優しさの顔をした“依存”の芽。
「手伝う」と言いながら、
“エレノアから離れない”ための理由にしている。
エレノアは深く考えた末――
危険だと悟った。
(これ……私ひとりでどうにかできる状態じゃない……
ルベルの本能が、封印の影響で暴れ始めてる……)
だからこそ、
落ち着けるように何か工夫をしなくてはいけない。
そう、生活の中でのルール。
近距離では魔力が揺れるなら、
一定の距離感を作った方がいい。
布団や呼吸で揺れるなら、
揺れない環境を整えるべき。
エレノアはふるふる震えながら、
覚悟を決めた。
「……ルベル。
あの……落ち着くために……
生活ルールを作りませんか……!?」
その提案は、
エレノアの精一杯の理性だった。




