目覚めた瞬間、焦点の先に
エレノアがゆっくり瞼を開く。
ぼんやりと光がにじみ、
次第に輪郭が浮かぶ。
その視界の中で、
最初に目に入ったのは――
至近距離のルベルの顔。
「……え?」
まだ夢の中の感覚が残り、
起きたばかりの頭が状況を処理できない。
けれど、
近い。
近すぎる。
息が触れそうなほどの距離で、
ルベルの赤い瞳がエレノアだけを映していた。
まるで
「やっと目を覚ました」
と安堵するような、
そして
「離す気はない」
と告げるような、
そんな目。
エレノアの心臓が、
反射的に跳ねた。
「ル、ルベル……!?
ち、近いです……!!」
声が裏返る。
しかし彼はまばたきもせず、
その近距離を維持したまま、静かに言った。
「……起きた」
その小さな呟きに、
想像以上の感情が込められていた。
安堵。
熱。
執着の一滴。
全てが混ざって、
ひどく甘く響く。
エレノアは布団を胸元まで引き寄せ、
必死に距離を取ろうとしたが――
ルベルは微動だにしない。
むしろ、僅かに顔を傾けて、
エレノアの目を深く覗き込む。
「……魔力、安定してない」
「えっ……? あ、あの、そんなわけ……!」
「わかる。
揺れてる。
さっきより……強い」
(え、待って、なんでわかるの!?
私、自分でもまだ気づいてないのに!?)
エレノアは胸へ手を当て、
そっと魔力の状態を探ってみる。
……本当に、揺れている。
微細な波が胸の奥でとろりと動く。
魔力が寝起きで緩み、整理されていない状態だが、
今のルベルには
その微かな揺れさえ“刺激”になっている。
だからこそ――
こんな近距離にいる。
エレノアは慌てて尋ねた。
「ルベル、あの……ちょっと離れていただければ……
お互い、落ち着くと思うんですけど……!」
「……落ち着かない」
「え?」
「離れた方が……もっと落ち着かない」
ぞくっ――
背中に冷たいものが走る。
声は静か。
けれど内容は静かじゃない。
このルベル、
もう“普通の共同生活”モードじゃない。
エレノアの魔力が揺れた瞬間から、
本能が反応している。
そしてそれを隠す気もない。
「エレノアの魔力は……呼ぶ」
「よ、呼んでません!!」
「呼んでる。
俺の核が……反応する」
伏せ気味の声。
胸の奥から湧き上がる熱を押し込めながらの声。
エレノアは布団をさらに抱え込み、
精一杯あがく。
「た、ただ起きただけです!
寝起きの魔力の揺れなんて、誰にでも――」
「誰にでもじゃない。
……俺“だけ”が、感じる」
息が詰まった。
それは、
本能として刻まれた“主への反応”が
エレノアにだけ作用しているという証。
封印のときに混ざった魔力が、
ルベルの感覚をエレノア特化にしてしまったのだ。
だから――
エレノアが目を開けるだけで、
魔力が揺れるだけで、
ルベルの胸は熱を帯びてしまう。
ルベルは軽く息を吐き、
囁くように続ける。
「……起きてくれて、よかった」
たったその一言が、
あまりにも“近かった”。
震えるような安心が混じる声。
その声が落ちた瞬間、
彼の指先が無意識にエレノアの髪へ伸び――
触れる、寸前で止まる。
触れてはいけないことが
ぎりぎりわかっている。
でも触れたい衝動が
そのすぐ下に蠢いている。
エレノアは胸を押さえ、かすれた声で言った。
「ルベル……あの……
とりあえず……落ち着きましょう……?」
返ってきた答えは、
あまりにもまっすぐだった。
「エレノアが落ち着いたら、落ち着く」
(む、無理……!
落ち着きようがない……!!)
こうして、
エレノアの目覚めは――
甘くて、危うい、距離ゼロの朝となった。




