目覚めの気配
静かな部屋。
カーテン越しの光が、
エレノアの髪をやさしく照らしている。
ルベルは椅子に腰を下ろしたまま、
ほとんど瞬きもせずエレノアの胸元を見つめていた。
上下する胸。
規則的な魔力の波。
それがひとつでも乱れれば即座に反応できるように。
(……もう、大丈夫なはずだ)
そう思いたいのに――
胸の奥のざわつきは消えてくれない。
封印で混ざった魔力は、
ルベルの感覚を鋭くしてしまった。
エレノアの魔力が、
どれほど細くても、弱くても、
どれほど遠くても――
“揺れ”の一粒さえ見逃せない。
エレノアの寝息に同調して、
ルベルの呼吸が少しずつ深まっていく。
静かだけれど、熱い時間。
そのとき。
ベッドの上で、
ほんのわずかに空気が揺れた。
エレノアの胸の奥――
魔力の核が、
ふるっと震えた。
ただの寝返り。
ただの浅い夢。
普通なら見逃すほどの小さな変化。
だがルベルは――
その揺れを“衝撃”のように受け取った。
……来る。
目覚める。
それだけで、
全身にわずかな緊張が走る。
椅子の上から前のめりになり、
無意識に距離を詰めていた。
自分でも気づかないうちに。
「……エレノア……?」
名前を呼ぶ声が、
いつもより少し低く、熱を帯びる。
返事はまだない。
だがエレノアの眉がかすかに寄り、
指先が布団をぎゅっとつまむ仕草が見えた。
(夢から……戻ってくる)
魔力の揺れが少し大きくなる。
ルベルの指先が微かに震える。
エレノアが目を開ける――
その瞬間が、
どうしてこんなに胸をざわつかせるのか。
理由は、もうわかっている。
(また……エレノアの魔力に触れられる)
その予感だけで、
獣の核が静かに呼吸し始める。
近くにいたい。
声を聞きたい。
触れられなくてもいいから――
目の前で息づいてほしい。
そんな衝動が、
ルベルの中で熱を持って膨らんでいく。
「……エレノア」
もう一度、
名前を落とすように呼ぶ。
その声にかすかに反応するように、
エレノアの睫毛が震えた。
ゆっくりと、
とてもゆっくりと持ち上がる瞼。
光が差し込み、
その奥に赤みを帯びた瞳が映る。
エレノアが目を覚ました。
そして――
最初に映ったのは、
驚くほど 近い距離で覗き込む ルベルだった。




