触れた魔力、目覚める熱
ルベル視点
エレノアがベッドに横たわり、
か細い呼吸を整えようとしている。
その横で、俺は椅子に腰を下ろしていた。
――本当は、椅子なんていらない。
もっと近くにいたい。
触れられる距離にいたい。
けれど、エレノアを怖がらせたくなくて、
“人”としての形を保つために、椅子に座っているだけだ。
だが。
胸の奥が、静かに熱を帯びていく。
(……魔力が……呼ぶ)
封印のときに触れたエレノアの魔力。
あれがまだ、俺の中で揺れ続けている。
甘い。
柔らかい。
温かい。
触れた瞬間に“飲み込みたい”と思ってしまうほど、
本能を刺激する魔力だった。
魔力に味があるなんて、
普通ならありえない。
けれど俺は“普通”じゃない。
造られた存在で、
エレノアを護るためだけに組まれた核を持っている。
人型でありながら、
根は獣そのものだ。
その獣が――
エレノアの魔力を覚えてしまった。
(……俺の中で、混ざってる)
護りたいという衝動と、
奪いたいという衝動が。
優しく触れたい感情と、
噛みつきたくなる衝動が。
本当なら、こんなふうに揺れることはないはずだ。
召喚獣はただ主に従い、命令に従って生きるだけ。
なのに。
エレノアは俺の“獣の核”より深くへ入り込んだ。
魔力の底へ、触れてしまった。
(……エレノア)
ベッドの上で目を閉じている彼女は、
無防備すぎる。
小さな呼吸が胸元で上下するたび、
その魔力の波が微かに空気へ滲む。
その甘さが、
また俺の中の何かを刺激する。
「……っ」
喉の奥が勝手に鳴りそうになり、
俺は唇を噛んだ。
この音をエレノアに聞かせたくなかった。
“獣”の音だからだ。
守るための本能が、
獲物を前にしたときと同じ音を立てようとしている。
(違う……エレノアは獲物じゃない。
護る存在だ……)
そう言い聞かせても、
熱は消えない。
混ざった魔力が、俺の中で膨らんでいく。
触れたい。
近づきたい。
息に触れたい。
呼吸を共有したい。
名前を呼びたい。
俺の手で包みたい。
――奪いたい。
その言葉が浮かんだ瞬間、
俺は自分の胸の奥を押さえた。
(……だめだ)
人の形を得たからこそ、
人の感情が乗ってしまう。
命令以上の気持ちが生まれる。
召喚獣として組まれた忠誠が、
“個人的な欲望”へ変わろうとしている。
これが“欲する”という感情か。
これが“執着の芽”か。
(……エレノアに触れたら……壊れる)
俺が壊すんじゃない。
エレノアの心が壊れてしまう。
だから距離を保とうとする。
けれど――
離れれば離れるほど、熱は増す。
エレノアの魔力が、
体の中で波紋となって広がっていく。
まるで
「ここにいろ」
と俺の核へ命じているみたいだ。
違う。
エレノアはそんなこと望んでいない。
でも、魔力は正直だ。
触れた瞬間の“揺れ”が、
俺の中で形になってしまった。
「……エレノア」
名前を呼ぶだけで、
胸の奥が締めつけられる。
もっと呼びたい。
もっと聞きたい。
そんな欲が湧き上がる。
獣の本能と、
“人としての心”が、
同じ方向へ傾いていくのが怖い。
(このままじゃ……俺は……)
エレノアが眠っている今ですら、
これだけ苦しい。
もし彼女が俺に笑いかけたら。
もし手を伸ばしてくれたら。
その瞬間、俺は――
どこまで踏みとどまれるのだろう。
熱が胸で脈打つ。
その熱は、
封印の残滓より危険かもしれない。
俺の中で、
エレノアに向けた“なにか”が育ち始めている。
静かに、確実に。
そしてそれは――
どこか甘く、どこか苦しく、
逃げ場なく身体に絡みついていくものだった。




