休息という名の落ち着かなさ
魔力が揺れている――
その自覚が胸の奥に生まれた瞬間から、
エレノアは急にふらりと力が抜けた。
(まずい……これ以上は無理……
魔力の乱れは、少し休まないと……)
エレノアは魔道具棚から離れ、
ゆっくり深呼吸しようとした。
しかし――
その背後に、音もなく影が寄る。
「エレノア。休むの?」
「ひゃっ……ルベル、近い……!」
まただ。
気配がゼロどころかマイナス級。
エレノアは胸へ手を当てつつ、
なんとか笑みを作った。
「は、はい……。少し、魔力の流れを整えたいので……
休……休息、したいです……」
そう言うと、
ルベルはすぐに動いた。
「わかった。休む部屋へ行こう」
「い、いま!?
いえ、大丈夫です、一人で行けますから――」
「だめ」
ぴしゃりと拒絶。
エレノアの魔力が揺らぐ今、
離れたくないのだろう。
(ちょ……どうしてそんな条件反射みたいに断るの……!?)
ルベルはエレノアの横にぴたりと立ち、
ゆっくりと歩調を合わせてくる。
まるで、
“弱っている主を運ぶ獣”
のように。
部屋までの短い廊下すら、
なんだか特別な道に思えて落ち着かない。
そして部屋に入ると――
ルベルは当たり前のように椅子を引き寄せ、
エレノアのベッド脇に置いた。
(え? そこで見張るの?
休息って……休むって……私は…見られながら…?
でも……え?)
疑問が脳内でぐるぐるする。
しかしルベルは真剣だった。
「エレノア。横になって」
「え、え、えっ、横に……なるんですか……?」
「魔力が揺れている。
放っておいたら“崩れる”」
魔力の崩れは確かに危険だ。
消耗すれば頭痛や眩暈、最悪気を失う。
けれど――
問題はそこではない。
(落ち着け私……
これは医療行為の延長……
そう、そう……!)
覚悟を決め、エレノアはベッドに腰を下ろす。
心臓が痛いくらい跳ねているのは、
魔力の乱れのせいだと思いたい。
ひざの上で手をぎゅっと握りしめていると、
ルベルがゆっくり屈んで視線を合わせてきた。
「……エレノア、こわい?」
「こ、怖くない、です……!
ちょっと緊張するだけで……!」
ルベルはしばらくエレノアを見つめ、
ようやく椅子に腰を下ろした。
その距離、ベッドの縁と椅子の脚が触れそうなほど近い。
近い。
近すぎる。
だがルベルはそれを当然と判断したらしく――
「……落ち着くまで、そばにいる」
柔らかな、
けれど芯の通った声で言った。
(う……うん……
休息って……こういう意味……!?
いや違う……違うけど……落ち着け私……!)
エレノアは枕に頭を預け、
静かに目を閉じようとする。
でも胸のざわつきが落ち着かない。
魔力の揺れか。
不安か。
それとも――
ベッドの横に座るルベルが、
息を潜めてエレノアの魔力の波を見守る視線のせいか。
わからない。
ただひとつだけ確かなのは――
休息のはずなのに、心臓が全く休んでくれない。
エレノアはそっと布団を胸元まで引き寄せ、
本当に少しだけ震える息をついた。
(どうしよう……本当に落ち着かない……
……私の魔力、大丈夫かな……)
そして彼女が眠るまで、
ルベルは一度も視線を外さなかった。




