封印の後に残るもの
封印陣が一度、
ぱあああっと明るい光を放った。
黒い箱の表面に刻まれた紋様がひとつずつ閉じ、
魔力の波が“押し込まれる”ように収束していく。
陣の縁を走っていた光が、徐々に細くなり――
カチン、と小さな音がした。
封印は……成功した。
エレノアは安堵の息を長く吐き、
手を繋いでいたルベルの手をそっと離そうとした。
だが――
温度が、消えない。
「ルベル……もう、大丈夫ですよ。
封印……終わりました」
エレノアが言っても、ルベルはすぐには動かなかった。
ただ、赤い瞳だけがゆっくり瞬きをして、
焦点を取り戻していく。
「……終わった?」
「はい。
魔力も安定して……ほら、見てください」
エレノアは箱を指差した。
封印された箱はもう反応せず、
光も揺らぎも止まっている。
普通の、ただの黒い箱。
危険は去った――はずだった。
ルベルはしばらく箱を見つめてから、
ゆっくりエレノアから手を離した。
その指先が……ほんの一瞬、名残惜しそうだった。
エレノアは気のせいだと思うことにした。
だが次の瞬間。
封印陣の中心にあった“魔力の影”が、
ひとつだけ――
ほんの少しだけ――
エレノアの足元へ寄るように揺れた。
「……え?」
「エレノア、下がって」
ルベルが即座に腕を伸ばし、
エレノアの肩を引く。
その動きは、封印前よりも鋭かった。
「ま、待って……封印は成功して……」
「違う。
……“残ってる”」
「なにが……?」
ルベルはゆっくり顔をあげ、
エレノアを見る。
その瞳は鋭く、しかし震えていた。
「さっき……封印のとき……
君の魔力が、僕の本能と混ざった」
「それは……わかりますけど……」
「だから……あれは……
エレノアの魔力に“触れた”。」
エレノアの心臓が小さく跳ねた。
「触れた、って……魔力が……?」
ルベルは頷いた。
「封印は閉じた。
でも……君の魔力に反応した分だけ、
“残滓”がエレノアを覚えた」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
箱からは何も漏れていない。
魔力も静かに閉じている。
なのにエレノアの足元に落ちた影は、
たしかに“気配”を残していた。
(封印したのに……
まだ、エレノアに反応する……?)
ルベルはゆっくりエレノアに近づき、
肩に手を置いた。
「……あれはもう害はない。
閉じ込めたから」
「じゃあ……大丈夫……ですよね?」
ルベルは少し間を置き――
「害はない。
……でも“無関係ではなくなった”。」
「っ……」
エレノアの喉がひくりと動いた。
封印したはずのものが、
完全には切り離されていない。
危険ではない。
けれど――
触れた魔力同士が“少しだけ”繋がってしまった。
そんな奇妙な違和感だけが、
空気の底で淡く揺れている。
ルベルはエレノアの手をそっと覆った。
「……エレノアに悪いものは、
全部僕が消す」
その声は優しいのに、
どこか深くて、暗い誓いのように聞こえた。
エレノアは、うまく言葉が返せない。
(封印は成功したのに……
なんでこんなに胸がざわざわするんだろう……)
家の空気が、
少しだけ変わっていた。




