木苺のパイと彩り
エレノアが熱に浮かされて、次に意識を取り戻したのは――
昼を少し過ぎた頃だった。
窓から差し込む光が、やけに白い。
時間の感覚が、ふわりと抜け落ちている。
喉が渇いて、息が浅い。
その瞬間、
ひんやりとした感触が唇に触れた。
ルベルだった。
彼は水を口に含み、
ごく慎重に、直接エレノアの唇へと運ぶ。
こぼれないように。
むせさせないように。
「……っ」
わずかに喉が動くのを確認してから、
今度は指先で、小さな甘いものを口元へ。
干した木苺。
陽に晒されて、蜜を閉じ込めた味。
ふ、と意識がまた揺らいだ時も、
彼はそこにいた。
「……ルベル……」
掠れた声。
すぐに、低く甘い声が返る。
「愛しいエレノア。なにかな?」
胸の奥で、何かがカチリと噛み合う。
(……この余裕……)
エレノアは、ゆっくりと目を細めた。
「……貴方ですね?」
「……?」
「惚けても無駄です!」
声に力が戻る。
「あれは……あれは……
“血の巡りを良くする”だけのものじゃ、ありませんよね!?」
ルベルは、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
それから、静かに言う。
「……巡らなかったか?」
「~~~~~っ!!!」
全身が、ずきりと抗議する。
同時に、昨夜の熱が断片的に蘇って、顔が一気に熱くなる。
「……ひ、人の身体で……実験するなんて……!」
ルベルは、微笑んだ。
反省しているのか、いないのか。
判断のつかない、満足げな笑み。
「結果は……悪くなかったように見える」
「見えません!!」
言い切ってから、
エレノアは小さく息を整え――
ふと、残っている木苺に目を向けた。
「……木苺は」
「?」
「パイにして欲しいです」
一瞬の沈黙。
それから、ルベルは目を細め、
いつもの――少しだけ危険なほど優しい声で答えた。
「……承知した。
回復したら、一緒に食べよう」
エレノアは目を閉じた。
身体中が悲鳴をあげているのに、
胸の奥だけが、妙に満たされている。
(……本当に……)
この男は、
とんでもなく厄介で、
とんでもなく――離れられない。
私が禁術で呼んだ“理想の相手”は、人型魔獣の執着愛。
昼の光の中、
二人の距離は、また一段深く、静かに沈んでいった。
~fin~




