夜、静かに崩れる境界
エレノアの寝室。
灯りは落とされ、窓から差し込む月明かりだけが、ベッドの輪郭を淡く縁取っている。
エレノアは横になり、
枕を胸に抱きしめた。
昨夜の熱が、戻ってきたみたいだった。
身体の内側から、じわりと広がる熱。
息を整えようとしても、追いつかない。
衣服が、重い。
思わずそれを脱ぎ、肩で息をする。
汗で、髪が額に張り付く。
指先が、熱い。
――花に、触れてしまった指。
熱い吐息が漏れる。
身体に雫が落ちる…。
頂きに痺れが甘く落ち。
魔力が揺れる。
「……ルベル。ルベル…ふ…ぅ…」
名を呼ぶ声は、掠れていた。
その時。
きい、と小さな音を立てて、
ドアが静かに開く。
足音はない。
それでも、気配だけでわかる。
ルベルだった。
彼は言葉を発さず、
ただ、ベッドの傍へ歩み寄る。
月明かりの下、
潤んだエレノアの瞳が、彼を映した。
……見られてしまった。
まさに、ひとりで――
揺れているところを。
ルベルの深紅の瞳が、
熱を孕んだまま、逃げ場なく彼女を捉える。
「……触れて……いいか?」
低く、慎重な声。
その問いに、
エレノアの胸が、ドクン、と鳴った。
沈黙。
時間が止まったみたいに、
何も動かない。
けれど――
その間も、ルベルの視線は離れない。
触れていないのに、
触れられているような感覚。
熱を孕んだ深紅の瞳が注がれて…
逃げる理由は、もう見当たらなかった。
エレノアは、小さく息を吸い――
震える声で、告げる。
「……最後まで……触れてください……」
その一言に、
ルベルの表情が、わずかに崩れた。
「……わかった」
衣擦れの音。
彼が、自分の衣服を緩める気配。
月明かりが、二人を包む。
そして――
距離が、消える。
ここから先は、
夜だけが知っている。
世界は、静かに二人を包み込んだ。




