確信という名の熱
ルベルは、扉の前で足を止めた。
エレノアの背中が、光の中にある。
窓辺に立つ彼女は、外を見ているようで――
実際には、どこも見ていない。
(……巡ってる)
声に出さず、そう確信した。
魔力の流れ。
脈拍の速さ。
空気に混じる、わずかな甘さ。
それは“体調不良”のそれではない。
まして、ただの疲労でもない。
(……俺の、薬液だ)
否定しようとした思考は、
すぐに別の確信に塗り替えられる。
――反応しているのは、エレノアの魂だ。
彼女が自覚するより先に、
彼は知ってしまった。
ルベルは一歩、近づいた。
音を立てないように、
呼吸すら抑えて。
「……エレノア」
名前を呼ぶ。
それだけで、
彼女の肩が、ほんのわずかに跳ねた。
(……やっぱり)
魔力が、揺れた。
彼に向かって、確かに。
(……俺に、反応してる)
その事実が、
胸の奥で静かに火を起こす。
欲ではない、と言い聞かせる。
独占でもない、と抑え込む。
――保護だ。
彼女を守るため。
乱れた流れを整えるため。
近くにいなければならない。
理屈は、いくらでも並ぶ。
だが。
(……触れなくても、こんなに……)
指先が、わずかに疼いた。
触れない。
許可がない。
その“枷”を、
彼はまだ守っている。
だが、
守っているからこそ――
欲求は、深く、鋭くなる。
エレノアが振り返る。
「……ルベル?」
声は平静。
だが、目が、少し潤んでいる。
(……自覚、してないな)
ルベルは、柔らかく微笑んだ。
いつもの、安心させる表情で。
「大丈夫?」
「……え?」
「顔、少し赤い」
嘘は言っていない。
真実も、言っていない。
エレノアは慌てて頬に手を当て、
「そ、そう?」と笑った。
(……守りたい)
その笑顔を。
この不安定な揺れごと。
「無理、してない?」
「してないよ。刺繍も、もう少しで――」
言葉の途中で、
彼女の息が、ほんの一拍、乱れた。
ルベルの視線が、
一瞬、深くなる。
(……夜まで、持たない)
確信だった。
今はまだ、軽い。
だが、このまま進めば――
夜、彼女の意識が緩む時間帯に、
反応は増幅する。
(……俺が、そばにいる)
それが、唯一の抑制策。
彼は、ゆっくり言った。
「……今日は、早めに休もう」
エレノアは一瞬、戸惑い、
それから頷いた。
「うん……そうする」
その返事に、
ルベルの胸の奥が、静かに鳴る。
(……選ばれた)
彼女が、
自分の提案を受け入れたこと。
それだけで、
理性の壁が、わずかに軋む。
――夜は、必ず来る。
そして夜は、
人の理性を、
最もやさしく、最も残酷に溶かす。
ルベルは、微笑みの奥で誓った。
(……俺が、導く)
揺れるなら、
俺の腕の中で。
壊れるなら、
俺が受け止める。
そうして――
彼は“確信”を、
静かに、胸の奥へ沈めた。




