調合室に沈む赤
静かな部屋だ。
火は弱く、
釜の中で薬液が、ことり、ことりと音を立てている。
俺はひとり、
調合台の前に立っていた。
(……血の巡りを良くする薬液)
エレノアに教わった配合。
基礎は、完全に頭に入っている。
だからこそ――
“余白”が見える。
彼女なら、
決して足さないもの。
彼女なら、
危険だと判断するもの。
(……エレノアは、優しすぎる)
俺のために作る薬なら、
決して“強くなりすぎない”ようにする。
彼女はそういう人だ。
けれど。
俺は、
エレノアのために作る。
――本当に?
指先で、
小瓶をひとつ、持ち上げる。
赤黒い液体。
ただの促進剤。
血流を高め、
体温を上げ、
感覚を研ぎ澄ませるだけのもの。
(……名前を付けるなら)
“媚び”じゃない。
“毒”でもない。
“近づくための道具”。
それだけだ。
(……エレノアは、自分の変化に気づいていない)
夜。
風呂。
湯気。
逆上せただけだと、
彼女は思っている。
けれど俺には、
わかる。
呼吸の速さ。
声の震え。
魔力の滲み方。
――あれは、目覚めかけている。
(……触れられなかったことを、悔やんでいる)
それが、
どれほど甘い毒か。
釜の中に、
一滴。
ほんの一滴だけ、
液体を垂らす。
色が変わることはない。
匂いも、ほとんど変わらない。
けれど――
“巡り”が、変わる。
(……エレノアが、欲しがる前に)
俺が、
準備をしておくだけだ。
彼女が拒めないように?
違う。
(……彼女が、自分の気持ちを誤魔化せなくなるように)
それだけだ。
釜を火から下ろし、
静かに瓶へ移す。
液体は、
澄んだ色をしている。
何も知らない人間が見れば、
ただの回復補助薬だ。
(……俺は、約束を破らない)
触れない。
強要しない。
奪わない。
――エレノアが、言葉にするまでは。
だが。
(……彼女の身体が、先に答えてしまうことは)
俺の罪じゃない。
瓶に栓をして、
棚に置く。
エレノアの部屋からは、
針が布を抜く、かすかな音。
刺繍。
俺のローブ。
(……守るための衣)
そう思っていた。
でも今は、
違う。
(……縫い込まれているのは、願いだ)
彼女の。
“離れないで”という、
小さな祈り。
その祈りに、
俺は応える。
どんな形でも。
調合室の影の中で、
俺は静かに目を伏せた。
胸の奥で、
核が、ゆっくりと熱を帯びていく。
(……エレノア)
今日も、
呼ばれなかった。
だから――俺を呼ばせる。
ルベル視点




