表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁術で呼んだ“理想の相手”は、人型魔獣の執着愛でした  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/231

夜の底で息づくもの

夕食を終え、片づけを済ませると、

外の空はすっかり群青色に染まっていた。


家の中には、暖炉のぱちぱちという心地よい音と、

木苺パイの残り香がほんのり漂っている。


エレノアはソファに腰を下ろし、

ひとつ大きな息を吐いた。


(……今日だけで、なんか……すごく疲れた)


村へ行き、誤解され、

魔力訓練で心臓が死にかけ、

パイ作りでさらに寿命が縮まり、

最後には……あの危険な問い。


『エレノアは……僕のもの?』


思い出しただけで顔が熱くなる。


(あの言い方ずるいよ……

本能ってああいう……)


胸の奥で心臓が静かに跳ねた。


そんなエレノアの横に――

気配もなく、すっと影が落ちた。


ルベルがいた。


「エレノア」


(ひゃっ……近い……!)


ソファの隣ではなく、

“隣の一歩手前”に立っている距離。


座るでもなく、離れるでもなく、

ただ、そこにいる。


「今日は……疲れた?」


「つ、疲れました……」


正直に言うと、ルベルはふわりと目を細めた。


「……じゃあ、隣。座っていい?」


(な、なんで許可制なの!?

でもダメとも言えない……)


「ど、どうぞ……」


エレノアが少しずつ端に寄ると、

ルベルはゆっくり腰を下ろした。


距離、近い。

肘が触れそうで触れない。

呼吸が重なるくらい近い。


エレノアは思わず膝の上で手をぎゅっと握った。


「エレノア」


ルベルが静かに名前を呼ぶ。


(ドキッ)


ただ名前を呼ばれただけなのに、

胸が跳ねるのを止められない。


「今日……エレノア、よく笑ってた」


「え……」


「パイ作ってる時、楽しそうだった」


エレノアは、胸がじんわり温かくなるのを感じた。


(師匠と……作ってた頃を思い出しただけなんだけど……

それでも……)


「楽しかった……です。

ルベルが……手伝ってくれたから」


そう言った瞬間。


ルベルの瞳が、火の反射を受けてゆるく揺れた。


その揺れは、美しくて――

けれど、少しだけ危うかった。


「……エレノア」


低く落ちる声。

甘くて、静かで、それでいてどこか熱い。


「僕……もっとエレノアの笑うところ、見たい」


「っ……」


心臓が一気に跳ね上がる。


ルベルは、ゆっくりと手を伸ばす。

その手はエレノアの肩に触れる寸前で――止まった。


触れない。

けれど、触れようとしている気配だけが熱い。


「触れても……いい?」


(ひ、ひ、ひいぃぃ……

なんでそんな丁寧に聞くの……

断れない空気……!!)


「……だ……だめです……」


勇気を振り絞って答えると、

ルベルはほんの少しだけ目を伏せ、


「そっか」


と短く呟いた。


――ただ、その瞬間。


ほんの一拍だけ、

彼の瞳の奥に“獣の光”が宿った気がした。


禁術で生まれた本能。

エレノアを護るためだけに組まれた根源。

それが、静かに息をしている。


だが、ルベルはすぐにその気配を消し、

何事もなかったように隣で呼吸を整えた。


エレノアは知らない。


その“触れてもいい?”という問いが、

本能からすれば限界ぎりぎりの

“理性の確認”だったことを。


あたたかい夜の底で、

ひとつの影が静かに伸び続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ