湯気の中の静止画
湯気が、ゆっくりと立ち上る。
白く霞んだ空気の中で、エレノアは一度、目を閉じた。
(……やるって決めたのは、私……)
指先が、ためらいながらタオルの縁に触れる。
濡れた布が、ゆっくりと解かれていく感触。
湯の中へ、静かに沈む音。
肩から鎖骨へ。
水面に映る線が、光を反射してゆらりと揺れた。
何も言わないルベルの視線が、そこに“触れて”くる。
肌に触れていないはずなのに、
見られているという事実だけで、輪郭が熱を帯びる。
「……腕」
低い声が、湯気を割った。
「ひらいて?」
「な、なぜです……! 心許ないんです……!」
エレノアは思わず肩をすくめる。
湯の中で身体を守るように縮こまる、その仕草すら――
ルベルの瞳は、逃さない。
一瞬、間があった。
そして、ほんの少しだけ声が柔らぐ。
「……お願い?」
命令ではない。
強制でもない。
欲を抑えきれない者が、選択を委ねる声。
「~~~~っ……!」
胸が苦しくなる。
視線に縫い留められて、息の仕方を忘れる。
震える腕を、ゆっくりと持ち上げる。
水面が動き、
湯が、身体の曲線に沿って流れ落ちる。
その瞬間。
ルベルの赤い瞳が、わずかに揺れた。
「……綺麗だ」
ただそれだけ。
けれど、その一言に込められた熱量は、
どんな言葉よりも、深く、重い。
視線が、肩から喉元へ。
鎖骨の影をなぞり、
呼吸の上下を、逃がさず追う。
触れていない。
一歩も近づいていない。
――それなのに。
エレノアの呼吸が、次第に早くなる。
「……っ……」
湯の温度のせいか。
視線の圧のせいか。
頬が熱い。
頭が、ふわりとする。
(……だめ……逆上せ……)
視界の端が、少し滲んだ。
それを見逃すほど、
ルベルの理性は鈍くなかった。
「……エレノア」
声は低いまま、けれど確実に近づく“気配”。
「……息、浅い」
触れないまま、壊してしまいそうな距離。




