沈殿する熱
それからというもの――
夜は、必ず訪れた。
灯りを落とした部屋。
潮騒が遠くで砕ける音。
眠りに落ちる、その境目で。
(……来る……)
エレノアは、もう分かっていた。
夢と呼ぶには、あまりにも深く。
現実と呼ぶには、あまりにも甘い。
意識が沈むと同時に、
胸の奥で――赤い花が、脈打つ。
熱が広がる。
触れられていないのに、
抱かれているとしか思えない感覚。
(……ルベル……)
名を呼ぶ前に、
低い声が“内側”から応えた。
――ここにいる。
それだけで、身体が緩む。
直接触れられているわけじゃない。
なのに、包まれている。
離れているはずなのに、
逃げ場がない。
夜ごと、
エレノアは深く沈められていく。
甘い。
苦しい。
でも、やめられない。
(……幸せ……)
その感情が浮かぶたび、
赤い花はまた一つ、淡く色を増した。
翌朝、鏡を見るのが怖くなった。
肌に残る痕は、
昨日よりも――はっきりしている。
花弁のような赤。
触れると、微かに魔力が応じる。
(……余韻……じゃない……)
これは、定着している。
日中、意識しても、
身体はどこか浮ついている。
作業中に、ふと手が止まる。
息が深くなる。
胸の奥が、静かに熱を思い出す。
(……夜を、待ってる……)
その事実に気づいた瞬間、
エレノアは唇を噛んだ。
怖い。
でも――
(……触れてほしかった……)
失ってから気づいた渇き。
もっと、抱かれたかった。
もっと、名前を呼ばれたかった。
その後悔が、
夜ごとの訪れを拒めなくしている。
夢の中で、
ルベルは何も強要しない。
ただ――
離れない。
それが、一番、深い支配だった。
赤い花は、もう“痕”ではない。
それは――
繋がりの器官。
封印を越えて、
魂核と魂を結ぶ、
静かな回路。
エレノアは知らない。
このまま沈み続ければ、
どこまで行けるのか。
ただ一つ、確かなことがある。
彼女はもう――
拒めなくなっていた……。




