赤い花
朝の光が、薄いカーテン越しに滲んでいた。
エレノアは、ゆっくりと目を開く。
眠りは浅かったはずなのに、身体が妙に重い。
(……あれ……?)
胸の奥が、静かに、でも確かに疼いている。
夢の名残にしては、あまりにも鮮明だ。
掛け布を胸元まで引き寄せ、
ふと視線を落とした瞬間――息を呑んだ。
肌に、赤い花が咲いている。
描かれたものではない。
触れても消えない。
熱を帯びた、淡い痕。
鎖骨の近く。
肩の内側。
胸のあたりの心臓に近い場所。
(……花……?)
指先で、そっとなぞる。
ひり、と微かな感覚が返ってきた。
夢のはずだった。
あれは、確かに――夢だったはずなのに。
身体は、嘘をつかない。
胸の奥に残る、
抱き寄せられた記憶。
呼吸が重なった感覚。
触れられた“余韻”。
(……私……)
鏡の前に立つ勇気は出なかった。
でも、わかってしまう。
何かが、確実に変わった。
乙女であった“感覚”が、
音もなく、遠ざかっている。
それは喪失ではない。
むしろ――
満たされてしまった後の、静けさに近い。
(……夢だったのに……)
唇に、微かな熱を思い出す。
耳元で落ちた、低い声。
あの一瞬の、確かな抱擁。
そして――
封印核の奥から、かすかに伝わってきた気配。
(……ルベル……?)
赤い花は、
まるで“証”のように、身体に残っている。
夢の中で許したこと。
拒まなかったこと。
望んでしまったこと。
それらすべてが、
現実へ滲み出した痕。
エレノアは、そっと布に包まり、息を整えた。
(……これ……戻れるの……?)
答えは、まだ来ない。
ただ一つ、確かなのは――
夢は、もう夢だけでは済まなくなったということ。




