拒めない夢
それは、後悔から始まった。
――もっと、触れてもらえばよかった。
――もっと、抱きしめ合えばよかった。
――もっと、ルベルを求めればよかった。
ルベルを失ってから、
その想いは日に日に深く、重く沈んでいった。
夜になると、
必ず胸の奥で疼く。
(……私だって……)
エレノアは、
“望んでいなかった被害者”ではない。
触れてほしかった。
抱きしめてほしかった。
結ばれたかった。
そして何より――
ルベルと、何度も、確かに、そう望んだ。
だから。
夜が来て、
夢の縁に彼の気配が立ったとき。
拒む理由は、
もうどこにもなかった。
⸻
「……エレノア」
呼ばれる。
いつもより、近い。
夢だと分かっているのに、
距離感が、現実より曖昧だった。
振り向くと、
そこに――ルベルがいた。
以前より、輪郭がはっきりしている。
赤い瞳が、深く、静かに光っている。
「……来てくれた」
その言葉に、
胸が痛むほど熱くなる。
(来てるのは……私なのに……)
足が、勝手に動いた。
近づく。
逃げない。
ルベルは、
いつものように問いかける。
「……触れて、いいか」
その声が、
これまでで一番、抑えられていた。
エレノアは、答えなかった。
代わりに――
彼の服を、そっと掴んだ。
それだけで。
ルベルの呼吸が、
明らかに乱れた。
「……エレノア……」
声が、低く落ちる。
触れられる。
指先が、
背中に。
肩に。
髪に。
それだけなのに、
夢の世界が、ぐらりと揺れた。
(……あ……)
体が、覚えている。
触れられたこと。
待ち望んでいたこと。
止めていた衝動。
「……拒まないんだな」
責める声じゃない。
確認でもない。
――安堵に近い声。
エレノアは、
小さく、息を吐いた。
「……拒めない……」
それが、本音だった。
失ってから気づいた。
触れられなかった夜の数だけ、
後悔が増えていった。
「……私だって……」
声が震える。
「……ルベルと……何度も……望んだ……」
その瞬間。
夢の中の空気が、
ぴん、と張り詰めた。
ルベルの瞳が、
ゆっくり細まる。
そこにあるのは、
理性ではなく――
抑え続けてきた“答え”。
「……そうか」
たった、それだけ。
だが、その一言は――
堰を切る音だった。
抱き寄せられる。
強くない。
だが、逃がさない。
胸と胸が触れ、
呼吸が重なる。
唇が、すぐそこにある。
「……夢だ」
囁きは、
自分に言い聞かせるようでもあった。
「……夢なら……」
その続きを、
言葉にはしない。
代わりに、
唇が――重なった。
深くない。
けれど、戻らない口づけ。
それは、
“確かめ合う”ための触れ合いだった。
エレノアの胸に、
熱が広がる。
(……ああ……)
拒まなくていい。
我慢しなくていい。
夢の中でだけは、
互いに、望んでいい。
ルベルの声が、
耳元に落ちる。
「……欲しかった」
その言葉は、
独占でも、命令でもない。
――長い我慢の、告白。
夢は、
そこで暗転した。
それ以上は、描かれない。
だが。
目覚めたとき、
エレノアの胸には、
確かに“触れ合った余韻”が残っていた。




