本能の影
ルベルが初歩の魔力循環を難なく成功させたあと、
エレノアは胸の前で手をぎゅっと握ったまま固まっていた。
(……魔力の扱い、早すぎる……
素質があるとかいうレベルじゃないよ……!
このままじゃ、基礎を教えにくい……)
驚きつつも、次の段階に進むしかない。
「えっと……つ、次は……
魔力を“形”にしてみましょう……」
「形?」
「はい。手のひらに……火花や光、風の渦……
初心者は小さい現象から試すんです」
ルベルは言われた通りに手を差し出し、静かに目を閉じる。
エレノアは少し離れて見守った。
ドキドキしながら、息を飲みながら。
魔力の収束には、丁寧なコントロールが必要。
初心者がいきなりできるものでは――
ふっ。
ルベルの掌に、ぽうっと赤い光が灯った。
(う、うそでしょう!?)
光は小さな炎のようにゆらぎ、
次の瞬間には透明な風の渦に変わり、
さらに淡い光の粒へと姿を変えた。
形が……変わった……?
魔力の制御の応用……?
そんな芸当、普通は半年以上かかる。
エレノアは思わず前のめりになった。
「す、すごい!!なんで……そんなに……!」
ルベルは手のひらの光を見つめ、ぽつりと言った。
「エレノアの魔力が……わかるから。
似せればいいだけ」
「えっ……」
「君が流してくれた“感触”を……真似した」
(体感だけで真似する!?
そんな超感覚……普通じゃない……!!)
しかしエレノアは、ただただ驚いていただけだった。
ルベルはもう一度光を収束させ、ふっと目を細めた。
「……エレノアの魔力は、あたたかい」
ドキッ。
胸が一気に熱くなる。
「そ、そんなこと言われても……!」
「感じると……落ち着く。
……それに、守りたくなる」
その一言の重さに、空気がふるえた。
エレノアは思わず後ずさる。
(ま、待って……言い方が……なんか……
ぜったい“初心者の反応”じゃない……)
ルベルはエレノアの距離に合わせて一歩近づく。
手のひらの光が消え、その赤い瞳だけがゆっくり彼女を映す。
「エレノア」
名前を呼ばれるだけで胸が跳ねる。
「魔力を流してくれたとき……
君の“中身”が触れた気がした」
「な、なかみ……?」
「……あたたかくて、ふるえていて、
誰かを求めてて、寂しそうで……」
エレノアは息を飲んだ。
心の奥を見られたようで、ぞわっと鳥肌が立つ。
ルベルはゆっくり手を伸ばした。
エレノアの頬に触れる直前で――止まる。
触れない。
でも触れようとする気配が、熱い。
「……僕は、君をひとりにしたくない」
その言葉は、
“召喚獣の忠誠” にも似ていて、
“人の感情” にも似ていて、
そのどちらでもない。
エレノアは思わず目をそらし、距離を取った。
「き、今日はここまでです!!
もう練習おわり!!休憩しましょう!!」
声が裏返るほど動揺していた。
ルベルは静かに手を下ろし、
ただ、従順に頷いた。
「……わかった。エレノアがそう言うなら」
(う、うう……
なんか本能が……ちょっとだけ……出てきてる……!?)
エレノアは胸を押さえながら、
逃げるようにキッチンへ避難した。




