流れをつなぐ手
昼食を終え、テーブルを片づけたあと。
エレノアは深呼吸をして、ルベルの方へ向き直った。
(……よし。そろそろ“魔力”のことも教えていかないと)
ルベルは異常な魔力量を持っている。
このまま放置すれば、どこかで暴走する危険だってある。
「ルベル。
これから……魔力を感じる練習をしてみましょう」
「……わかった」
返事は静かで素直。
けれど瞳の奥にある赤が、微かに光を宿す。
エレノアは、胸の鼓動を落ち着かせて説明を始めた。
「まずは……“流れ”を知ることから。
初心者の段階では、魔力は存在しても“感覚”が曖昧なんです。
だから――」
言いながら、手を差し出した。
「両手をつないで、魔力を循環させてみましょう」
ルベルは一瞬だけ目を見開き――
ゆっくり、そっと手を取った。
温かい。
存在を確かめるような、柔らかくて大きな手。
指を絡めるようにして繋がれると、
エレノアは心臓の音がばくん、と跳ねた。
(わわわわ……ち、近い……)
ルベルはそれに気づいているのかいないのか、
真剣な表情でエレノアの手を包み込む。
「これで……流れる?」
「え、ええ……感じてみてください。
私の魔力を、あなたの魔力に触れさせます」
エレノアはそっと目を閉じ、
胸の奥から少しだけ魔力を流し出した。
ぽう……っと手が温かくなる。
それはエレノアの魔力の波。
ルベルの掌へ、静かに触れていく。
次の瞬間。
エレノアの魔力が、ルベルの魔力に触れた瞬間。
ぞくっ。
空気が震えた。
「……感じた」
ルベルの低い声が落ちてくる。
その声が、いつもより少しだけ深い。
(感じた……!?
初心者のはずなのに……こんなに早く……?)
魔力は水のようなもので、
初心者はまず“温度”すら掴みにくい。
それをルベルは、一度で捉えた。
「すごい……ルベル、本当に飲み込みが早いですね……!」
褒めると、ルベルは僅かに口角を上げた。
「エレノアが流してくれると……すぐわかる」
(こういう言い方やめて……心臓に悪いから……)
手を放すとき、ルベルはほんの一瞬だけ指を絡めるように残した。
エレノアは慌てて手を引っ込め、真っ赤になって距離をとる。
「では、つぎは……自分だけで練習してみて」
「自分だけで……?」
ルベルは胸に手を置き、目を閉じた。
部屋が静まり返る。
――数秒後。
ふっ……と空気が揺れた。
(……え?)
エレノアが驚いて視線を向けると、
ルベルの周囲の空気がほんのり温度を持ち、
目には見えないけれど確かな“魔力のうねり”が発生していた。
「……できた」
淡々と、しかし確実に。
エレノアは完全に固まった。
(ちょ、ちょっと待って!!
普通は数日かかるのに……!
さっきほんの数秒しか流してないのに……!?)
ルベルはゆっくり目を開け、
まっすぐエレノアを見る。
「エレノアが教えると……全部、すぐわかる」
その声は甘くて静かで。
それでいて、不思議な執着の響きを帯びていた。
エレノアは胸の前で両手をきゅっと握った。
(これ……とんでもなく規格外な存在を……
私は……本当に、喚んでしまったんじゃ……?)
怖さと嬉しさと、不思議な甘さが同時に胸を満たしていく。
そして、ふたりの距離はまた少しだけ近づいた。




