ふたりの台所
森の小道を抜ける直前、赤く熟れた木苺が目に入った。
陽を浴びて宝石みたいにきらきらしている。
エレノアは思わず立ち止まった。
「あ……木苺……」
ルベルが足を止め、静かに首を傾げる。
「欲しい?」
「う、うん……少し摘んで帰ろうかなって……」
返事を終えるより前に、ルベルはそっと枝を押さえ、
エレノアが摘みやすいように指先で葉をどかしてくれた。
(……なんだろうこの気遣い……自然すぎる……)
ふたりで小さな木苺の実を納品で空になった籠へ摘み、家へ戻る。
扉を閉めると、ふっと安心する独特の静けさ。
帰ってきた、と胸に落ちる空気。
「よし……まずは木苺、洗わないと」
家の外にある井戸へ向かい、桶に水を汲む。
冷たい井戸水が手に触れて気持ちいい。
エレノアは木苺をそっと沈め、優しく洗い流した。
「これで……午後にでもパイ作ろうかな」
(師匠ともよく作ったよね……)
少し懐かしくなりながら、キッチンへ戻ると
そろそろお昼の時間。
エレノアはパンを切って、スープを温め、
手際よくテーブルへ並べる準備に入った。
後ろではルベルが静かに見守っている――
と思っていた。
思っていたのだが。
「できた……よし、テーブルへ……」
ふっと顔を上げた瞬間、
エレノアは固まった。
テーブルの上に――
ふたり分のカトラリーや飲み物が
全部、きれいに並んでいる。
「……え?」
ルベルは何も言わずに、椅子の横に立っていた。
(とっても気が利く……!!)
しかも飲み物はハーブティー。
湯気がほわっと立って、いい香りが広がる。
「エレノア」
ルベルが淡々と告げた。
「ハーブティーに砂糖、二つ入れた」
「…………!!?」
(好み把握されてる!!)
エレノアは心の中で全力で叫んだ。
初日とは思えないほど完璧。
なぜ……どうして……何で知ってるの……?
いや、昨日の夜、エレノアがハーブティーを入れたとき。
砂糖を二つ入れたのを見ていたのか……。
(見られてたんだ……そんな細かいところまで……!?
この人……いやこの召喚体……観察力が異常……!!)
ルベルはエレノアの反応を見て、ほんの少し口角を上げた。
「……間違ってない?」
「ま、まちがってません……!」
「ならよかった」
淡々とした返事なのに、
胸の奥がじんわり熱くなる。
エレノアはスープを置きながら、ふと思う。
(……寂しくない……)
誰かと食卓を囲むのなんて何年ぶりだろう。
師匠と笑いながら昼食を作った、あの頃の記憶が蘇る。
だけど隣には、もう違う誰かがいる。
“召喚してしまった誰か”
だけど
“今ここにいてくれる誰か”
胸の奥が甘くて、くすぐったい。
木苺パイより甘い気持ちが
じわじわ膨らんでいくのだった。




