甘酸っぱい帰り道
村の喧騒を抜け、森の入口へ戻ると、空気がふわりと軽く感じられた。
遠くで鳥が鳴き、いつもの風が木々の葉を揺らしている。
だけど今日は――
(なんか……全部が違う気がする)
エレノアは胸の奥でそっと呟いた。
この森の道は、もともと師匠とよく歩いた場所だ。
木の根が張り出したところは師匠に手を引いてもらい、
坂のある道では肩を貸してもらった。
懐かしさとともに、いつもは胸に寂しさが落ちる。
……けれど。
今日は、その隣に――
静かに歩幅を合わせてついてくる長身の影があった。
ルベル。
フードを深くかぶり、エレノアの半歩後ろを守るように歩いている。
その姿は師匠とは全然違うけれど、
“隣に誰かいる”というだけで、心がふっと軽くなる。
(……あれ?
私……寂しくない)
歩きながら気づいた瞬間、胸が温かくなった。
森も同じ。
空も同じ。
風まで同じなのに、
全部がまるで違うように感じるのは、たぶん――
チラッ……とルベルの方を見た。
彼は、フードに隠れた顔でこちらを見返して、
ほんの一瞬だけ口角を上げた。
「……エレノア、嬉しそう」
ドキッ。
なんでわかるの。
どうして何も言ってないのに伝わるの。
エレノアは慌てて前を向いて、
心臓の音をごまかすように歩幅を早めた。
(わ……やば……
なんか……変に意識しちゃう……)
そんな動揺をごまかすように、
ふと鼻にふわっと漂った森の甘い香り。
木苺の実が熟れたときの香りだ。
(……木苺パイ、食べたいな)
甘酸っぱくて、ほろっと崩れるあの味。
師匠とよく一緒に作った。
そんな記憶が蘇るとなぜか喉がつまるほど恋しくなった。
気づかぬうちに、エレノアの頬はほんのり赤く染まっていた。
今日の帰り道はいつもの帰り道とは違う。
風は柔らかく、
森は明るく、
胸は甘酸っぱく、
横には知らないはずの存在がいて。
(……ああ、なんだか……木苺パイみたいだ)
甘酸っぱい帰り道だな――と、
エレノアは心の中でそっと呟いた。
その隣で、ルベルはひっそりと微笑んだ。
まるで、
彼女の浮かんだ気持ちさえ読み取っているかのように。




