エピローグ2ー4【魔女の目覚めた日4】
◇魔女の目覚めた日4◇レフィル視点
この人は、どうしてここまで愚かになれてしまうのだろう。
どこで歪んでしまったのだろう。
アタシだろうか、それともミオ・スクルーズ?いいえ……きっと始めから、父親……アリベルディ・ライグザール大臣の息子として産まれた瞬間から、この人の人生は決まってしまったんだ。
「謝れ!!僕がどれだけ、どれだけ身を粉にしてお前なんかに尽くしたと思っている……!謝れぇ!!」
「ぐっ……うっ」
掴まれた肩が悲鳴を上げ、ミシミシと骨が鳴る。
あの優しげな顔はどこへやら。血走った目、青筋の浮かぶ表情。歯茎をむき出しにして威嚇する……本当に、野生動物のようだ。
「謝れぇ、謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れぇぇぇぇぇぇ!!」
「――嫌、よ」
「なぁんだとぉぉぉぉぉ!!」
アタシの罪は、謝罪で許されるレベルじゃない。
だからミオの提案を受け入れたのよ。これから一生をかけて、彼の裏側から……世界を良くするために。アタシは、世界に嫌われる魔女になる。
「もういい加減に、気付きなさい……アレックス、貴方は表舞台には向いていないのよ」
「うるさい!!うるさいうるさい!!!」
ガッ――
アレックスはアタシの黒ヴェールを無理矢理剥ぎ取り、投げ捨てる。
露わになる左目。それを見て、アレックスは。
「なんだ……なんだその目はぁぁぁ!!」
大きく見開いたアレックスの瞳、そこに反射するアタシの左目。
元の色と違う、黒い瞳だ。
更には細かく、金色の紋章が刻まれていた。
これは……
「――離しなさい、穢らわしい」
アタシはアレックスの右手を掴んだ。
左目から感じる不思議な力に身を任せて。
抵抗するように、押さえつけるように。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!ぎゃあああああああああ!!」
物の見事に、アレックスは手を離す。
まるで自分の腕が折れ曲がったかのようなリアクションで、アタシの右肩を掴んでいた左手も離して、痛む右手を押さえた。
だが、アタシは手を離さない。
「痛い!痛いぃぃぃ!離せ、離せ化け物ぉぉ!」
アレックス・ライグザールの仮面は完全に剥がれた。
父親の言いなりに育ち、そのコンプレックスを越えようと生きた人生……だけど、その薄い仮面で隠すには、貴方の心は大人じゃない。
同族嫌悪……アタシがアレックスに感じていた、最後の共感。
「もう止めにしましょう、アレックス。もうこれ以上、醜態を晒さないで……貴方を慕っていた、部下たちの為にも。そして……貴方の本当に大切だと思う、人の為に」
「――!?……は……はは……はははっ……」
一瞬だけ目を見開き、アレックスは力なく笑う。
そしてアタシに腕を掴まれたまま、痛む腕を押さえながら膝を落とす。
ガクリ……と。
痛みに気を失わない、それが彼の最後の……彼なりの意地だった。
「……」
トドメとしては、ミオの興味の無さかしらね。
せめてミオが苛立てば、アレックスも何か出来たかも知れない……けれど、もうミオ・スクルーズの視界に、アレックス・ライグザールの姿は皆無。
「カルカ、ディルトン……」
「はい」
「うっす」
アタシが手を離しても、アレックスは項垂れたままだった。
二人の部下が彼を支えながら立たせるが、力なく、抜け殻のように。
「二人共、これからも彼を支えてあげてくれるかしら」
声はもう届かない。
だけどこの二人には、アタシの思いが届いていると信じたい。
「レフィル様は、どうなさるのですか?レフィル様のお考え通り……アレックスさんは海沿いの町にでも連れて行こうと思っていますけど……」
「そうですぜ?こう言っちゃなんですが、聖女さまも今さっき回復したばっかじゃないっすか。それなのに、わざわざ団長の荷を背負うような真似……」
元から、アレックスという人は精神が弱かったんだと思う。
心が未熟、子供のまま成長して……そのまま大人に。
アタシと一緒で、愚かだったのよ。
アタシは、その荷を降ろさせただけだから。
「彼に過酷な生き様は不向きなのよ……だから、自ら降りる気がないのなら……誰かが引き摺り降ろしてでも、諦めさせた方がいいんだわ」
「……そうかも、知れませんね」
「おいおいカルカ、いいのかよそれで……」
二人にもそれぞれ考えがあるはず。
ディルトンはともかく、カルカの考えは分かる。
愛しているのだものね……いくら醜態を晒そうとも、恋心が上回って。
「アタシは二人にも、感謝しきれない恩恵と……そして謝罪しきれない仇を与えたわ――ごめんなさいね、今まで」
許されないと思う。許されてはいけないと思う。
だからせめて、別れる前に。
「やめてください、レフィル様」
「そうですぜ、特に俺は、自分から【ブリストラーダ聖騎士団】に入ったんすから」
そう言ってくれるだけで、ここまで嬉しいものなのね。
アタシは非道な行いで部下を集めて、残虐で残忍な実験を行い、命を弄んだ。
自分の為、自分だけの為に……多くの人の生を壊したんだわ。
「……ごめんなさい、そして――ありがとう」
アレックスはもう、アタシの事もミオの事も、そして父親の事も忘れるべきなんだわ。その為に、二人は支えてくれるはず。
だから、アタシは。
「――話は終わったかい?」
事を見守っていた……いえ、口出ししないでくれていたミオが、声を掛けた。
隣には白い少女。
ええ……これで最初の、魔女の仕事が完了したわ。




