エピローグ いや! いざ!コンテストへ!
道具コンテストに対するタカトの意欲は思った以上に大きかった。
権蔵にあれほど無理だと言われていたにもかかわらず、どうにもあきらめがつかなかったのである。
というのも、何事も、やってみないと分からない!
もしかしたら、今回からルールが変わっているかもしれないのだ。
それどころか、誰かがタカトの作った道具を気に入ってくれて特別に出場させてくれるかもしれない。
しかし、当たり前だが……世の中そんなに甘くはなかった……
「何度も言っているが、推薦状がないと出場できん」
会場の入り口にある参加受付のテントの中で、男性係員の大きな声が響いていた。
そこは以前、商店街のガラポンが行われていた大きな広場。
そして、このテントはモンガやローバン、メルアの三人が受付をしていたテントである。
だが、祭りの時とは違って、今回はいたって普通。
普通というか、ちゃんと受付の仕事をしているのだ。
というのも、まじめに仕事をしないとコンテスト開始までに参加登録が間に合わないのである。
そんな三つのテントの前にはコンテストに参加しようとする人たちが長蛇の列をつくっていた。
コンテストに優勝すれば金貨1枚!10万円!
いや、タカトと違って、そんなはした金が目的ではない。
そう、コンテストに優勝すれば、融合加工院へ推薦されるのだ。
それはまさにエリート街道まっしぐら。
将来の人生を保証されたのも同じことなのである。
すなわち、コンテストに優勝した瞬間から無審査で住宅ローンが青天井で借りることができるのだ!
これで、いかにこのコンテストが凄いのかが理解してもらえたことだろうwww
えっ? それなら権蔵じいちゃんだって優勝しているから、お金借り放題だろうって?
権蔵じいちゃんが借りているのは住宅ローンではなくてビジネスローン。
しかも、じいちゃんの命を担保とした金蔵家とのプロパー融資。
住宅ローンなど、奴隷などの身分ですと、やっぱり……ちょっと無理ですよね……と窓口でニコニコとやんわり断られるのだ。
そう……いつの時代も銀行は、奴隷に対しては超厳しいのである。
そんなテントの中で、先ほどからタカトとハゲ頭がキラリと光る受付のオッサンとの押し問答が続いていた。
「そこを何とか頼むよ」
「だからダメだと言ってるだろうが!」
「なら、推薦状があればいいんだろ!」
「持っているのなら見せてみろ!」
「ほれあれ!」
と、タカトはテントの脇にある小さな個室を指さした。
そう、それはかつて祭りの時、多くのロリコンたちがギロッポンの屋台で購入した源さんの握りしシースーを持って駆け込んだ場所である。
いわゆる……
「スイセン便ジョ!」
「ふざけとんのかぁぁぁぁぁ!」
そんなやり取りを聞く参加者たちは、タカトの後ろでイライラを募らせていた。
というのも、そろそろコンテストが始まる時刻なのである。
急いで参加登録をしないと、今日のコンテストに参加することができないのだ。
それにもかかわらず、目の前のアホは、こんなやり取りを既に12回も繰り返していたのである。
マジで!いい加減にしろよ!
そんな参加者たちの苛立ちに気づいたビン子は、オタオタとタカトの肩のシャツを引っ張った。
「ちょっと……タカト……タカトってば……」
だが、タカトはそんなビン子の手を何度も払いのける。
それどころか、さらに前のめりになって受付の係り員のオッサンの顔に自らの顔を近づけるのだ。
その距離、タカトの鼻から荒々しく吹き出される鼻息の温もりすらも冷めやらぬほどの至近距離www
近い! 近いって! もう!それ以上!近寄るな! クソガキ!
だが、ここで引き下がればコンテストへの参加の道は閉ざされるのだ。
それが分かっているからこそ、タカトは絶対に引き下がれない。
そんな固い意思のもと、同じやり取りは十三回目に突入した。
さすがにタカトの後ろに並んでいた者は嫌気がさして、仕方なしに別のテントの列へと並びなおしはじめた。
というのも、あと、もう少しで締め切りなのだ。
こんなところで時間をつぶすぐらいなら、さっさと別のテントで受付を済ませてしまいたい。
いや、もう、すでに並びなおしたとしても間に合うかどうかわからない……だが、こんなところで無駄に時間をつぶすよりかは可能性が残っているかもしれないのだ。
そんなこんなで、タカトの背後に伸びる列だけは次第に短くなっていた。
後に残るは、目の前のアホが早々にのいて受付が再開されることに一縷の希望をかけた者たちだけだった。
そんな時である。
「これはビン子さん! 偶然ですね!」
どこぞで聞き覚えのある声がビン子の背後からした。
ドキッとするビン子は当然振り返る。
なんと!そこにはコウスケが立っているではないか。
そんなコウスケは赤く上気させた笑みでビン子の手をサッと握るのだ。
「はぁ♡はぁ♡ まるで俺たち赤い糸で結ばれているようですね♡ はぁ♡はぁ♡」
突然の事に、ビン子はタカトのシャツを握ったまま固まってしまっていた。
「えっ? どうして? コウスケ?」
――なんか変質者のように鼻息が荒いんですけど……
そんな変質者の両手にビン子の手がしっかりと握られてモミモミとされ続けるのである。
なにかビン子の背中に悪寒が走った。
というか、先ほどからそのしっかりと握られる手の感触が気持ち悪いのだ。
そう、なんかねっちょりとしていて生暖かい。
というのも、道具コンテストの締め切り時間を忘れていたコウスケは全速力で走ってきたのである。
というか、コイツ……神民学校でもいつも遅刻してるよね……学習能力というものがないのかwww
だが、努力は人を裏切らない! そう、懸命に走った結果、ようやく先ほど会場に到着したのだ。
はぁ……はぁ……はぁ……
そのため手だけではなくて体中汗まみれ。
酸素不足の細胞はハァハァと激しく息をせかすのだ。
――あと残り時間は?
タイムリミットまであと5分!
――間に合った!
だが、会場についてみると受付のテントの前には長い列が伸びている。
これでは締め切り終了時間までに受付を終わらせることは難しい。
だが、そんな中、一つのテントだけは妙に列が短いのだ。
これはチャンス! とばかりにその列に急いで並んでみると……
なんという事でしょう! 目の前には愛しき人!ビン子がいるではありませんか!
これこそ神の思し召し!
今ではタイムリミットの事などすっかりと失念し、しっかりとビン子の手の感触を楽しんでいるのである。
――はぁはぁ♡ ビン子さんの手ってやわらか~い♡
だが、ビン子はその汗ばんだ手がどうにも気色悪かったようで、無理やり手を引き抜くと勢いよく払いのけたのだ。
むげに手を払われた無念さを誤魔化すかのようにコウスケは、ようやく気付いたタカトの存在を不思議そうにビン子に尋ねたのである。
「タカトの奴、何をしているんですか?」
「ちょっとね……」
さすがにビン子もバツが悪そう。
「いかんものはいかん!」
聞く耳を持たない係員。
「参加させろったら、参加させろ!」
一方、必死に食い下がるタカト君。
両者、負けず劣らず引き下がらない。
ようやく、この並ぶ列が短い理由に気づいたコウスケは、自分が持ってきた道具を頭上に掲げタカトに文句を言いはじめた。
どうやらその道具は、見た目から高性能集音機のようである。
まぁ、たぶん間違いないだろう。
「タカト! もう、いいだろ……あきらめて帰れよ。俺のが出品できないだろ! あと受付時間が4分しか残ってないんだよ!」
なに⁉ あと4分⁉
その事実を突きつけられた参加者たちもまた、思い思いに声を上げ始めた。
「いい加減にのけよ、この一般国民!」
「ルールは守れよ! この非常識!」
「臭いんだよ! 受付に間に合わなかったらどうしてくれるんだよ!」
「この不細工が! 整形しろ! そして家に帰ってから千年ゴネ倒せ!」
そう、この列に並ぶ者はタカトがのかないと受付できないのである。
だが、あえてこの列に残り、その可能性に希望をかけた! かけたのだ!
だが、残り時間はあと4分。
もう悠長にアホが退くのを待っている暇はない!
だから、「早々に帰れ! 帰りやがれ!」と、罵詈雑言の嵐となるのは必然であった。
だが、あきらめきれないタカトは一縷の期待を込めワザと聞こえるように大きな声を出したのだ。
「なあ! 今回の道具は自信作なんだ。そこらへんの高性能集音機のようなちゃちなものじゃないんだぜ! ちょっと見てくれよ!」
ごそごそとビン子の持っていたカバンの中から銀色のコケシを取り出した。
そう、タカトの作った道具のほとんどは、なぜかビン子のカバンの中に入っているのだ。
というのも、これでもビン子ちゃん、タカトの道具のファンなのである。
だって……
――タカトが作ったものなんだもん♡
「それ……玉赭ブローじゃない」
当然に、ビン子はその形に見覚えがあった。
そう、アイスダンスショーの控室でコウスケ、もとい、ルパンサーセンの無実を証明するためにタカトが使った道具である。
タカトはそれを道具コンテストに出品しようとしているのだ。
「そう! これこそ! ガラポンの白玉を赤玉に変えることができるイカサマ道具!」
だが、それを聞く受付は顔をしかめた。
「イカサマ道具?」
ここまで参加させろと食い下がる少年の事だ、もしかしたら、ものすごい融合加工の道具が出てくるかもしれないとひそかに期待していたのだが……
それが……イカサマ道具?
「ふざけるなぁぁぁあ! 貴様はこの道具コンテストがどれだけ崇高なものなのか理解しとるのか!」
「へっ……」
その剣幕にタカトはキョトンとしていた。
――もしかしてイカサマはまずかったとか? でも、カニ様はないしな……というか、もう玉赭ブローは、さすがにネタ切れだってwww
だが、頭の回転の速いタカト君は、すかさず切り返す。
「い……いやだなあ……これはチョットしたジョーク! ジョークですよ!」
そして、再びビン子のカバンの中をあさりだしたのだ。
「ジャジャーン! こちらがコケシのような紛い物ではなくて本物であります!」
その手には一本のバナナ!
そう、黄色いバナナの形をした道具を、高らかと頭上に掲げたのである。
まさにコケシつながり! これならどうだ!
――あら? こんな道具あったかしら?
タカトのティシャツを引っ張っていたビン子は不思議そうな顔をする。
って、ビン子ちゃん! あんた!タカトの作った道具のファンじゃなかったの?
というのも、これでもビン子ちゃん、タカトの道具が不安なのである。
タカトの部屋に転がる道具は一体何に使うのかサッパリ分からないものばかり。
それどころか先ほどからいやらしい喘ぎ声がするものや、ウネウネと腰を振るような動きをするものまであるのだ。
これを見て不安にならない方がおかしい。
どうひいき目に見たって役に立ちそうにないものばかりなのである。
まさにゴミ! ゴミなのだ!
だって仕方ない……
――タカトが作ったものなんだもんwww
そんなゴミが部屋の中に散らばって足の踏み場がないのである。
――掃除をする身にもなってよね!
だから、ビン子は部屋を掃除するために転がっている道具を片っ端から捨てていく。要は、そこらへんに出しっぱなしになっていると部屋が一向に片付かないのである。
だけど、本当に捨てるとタカトが滅茶めちゃ怒るから仕方なしにカバンの中へ放り込んでいるだけなのだ。
だから、ビン子ちゃんは、いちいちタカトの作った道具のことなんて覚えちゃいないwwwたぶん。
そんなビン子は興味津々に尋ねた。
「それは何?」
怒鳴り声をあげていたコウスケも興味ありげにタカトの肩越しに覗き込む。
しかも、先ほどまで不満を言っていたモブの参加者たちも、その意外性に一瞬目を奪われた。
コケシの次は当然、電動マッサージ機だと思っていたがバナナと来たかぁ……
というか、なんで電動マッサージ機はアダルトのカテゴリーに入っているんでしょうねwwwめっちゃ不思議www僕ちゃん、分かんなぁ~いwww
「分からないなら聞いて驚け! これは『恋バナナの耳』という道具なのだ!」
恋バナではなくて恋バナナ?
そう言われれば……このバナナのこの形……この曲線
ディックになっちゃたぁ~というコケシより、でっかくなっちゃったぁ~の耳である。
ということで、タカトはそのバナナを耳にあてがうようにして、聞かれてもいないのに道具の説明を始めた。
「そう! これを耳につけると、遠くにいる女の子の恋の話を盗み聞きすることができるのだぁぁぁぁぁぁ! しかも! そこらへんの声をすべて拾うような高性能集音機とは全く違う! これは女の子の声だけを拾うのだ! どうだ!すごいだろうwwww」
って、なんじゃそれwww
ということで、ビン子もまたお決まりのポーズ……
「また、アホなものを作ってからに……」
恥ずかしそうに顔に手を当て、ガクリとうなだれた。
だが、自信満々のタカトは『恋バナナの耳』を開血解放すると、係員の耳に無理やり押し付けたのである。
「まぁまぁ、このバナナのささやきを聞いてやってくださいよwwww」
この時点でタイムリミットまであと2分。まだ間に合う! どうだ!
しばらくは『恋バナナの耳』から聞こえる声に耳を傾けた係員であったのだが、無言で外すと今度は静かにタカトの耳に添えたのだ。
そんなタカトの耳に女の子たちの恋のささやき声が入って……来ない。
――あれ? 壊れたかな?
だが、しばらくするとタカトの耳に遠くでささやく男たちの声が入ってきたのだ。
≪あれはただのアホだな。まったくセンスを感じない≫
≪あんなくだらない道具を作って神聖な道具コンテストを何だと思っているんだ≫
≪ろくなものしか作れないんだったら一般国民ごときがでしゃばるなよ≫
≪あんなアホばっかしだったら、コンテストも楽なのになぁ≫
≪自信作であれだぜ、マジうける≫
≪というか星が入らねぇな! まじでフォロー増えねぇな! マジで読んでんのかよ! 反応しろよ!≫
どうやら女の子の恋話ではなく道具コンテストの出場者たちの『愚痴話だけ』が聞こえてくるようだ。
だが、そんな辛らつな言葉はタカトの心に矢のごとく次々と突き刺さっていく。
日ごろ、臭いだの汚いだのと罵声を浴びてもタカトはケロリとしていた。
というのも、タカトには道具作りがあったのだ。
そう、道具作りならだれにも負けない! そんな自負心がタカトを支えていたのである。
だが、『恋バナナの耳』から聞こえてくるのは、その道具作りを否定するかのような言葉ばかり……タカトの自尊心をナイフで切り裂くかのように容赦なく傷つけたのだ。
そんなタカトの心のHPがみるみる0に近づいていく。
そして、タイムリミットもまた0に近づいていく。
5
4
3
2
1
0
「ハイ! 終了ぉ~」
係員は机の上にドン!と『受付終了』の三角札を置いた。
それを見た瞬間、コウスケやモブの参加者たちはムンクの顔になった。
だが、タカトはムンクというよりのっぺらぼう……
まるで魂が抜け落ちたかのように無表情でユラユラと揺れているのだ。
そんなタカトがぼそり……
「……帰ります」
筆者にはタカトの気持ちは痛いほどわかる。
カクヨムや小説家になろうで書けども書けども一向にPVが伸びない。
それどころか無反応……
読んでいる人がいるのかどうかも分からないのである。
この無力感……分かってもらえるだろうか……
なんのために書き続けているのだろうと思うと心が折れてしまいそうになるのだ。
いや、タカトの場合、筆者の体験よりもひどいのかもしれない。
というのも、この誹謗中傷は、まるでコメント欄に辛らつな書き込みがなされているようなものなのだ。
コメントすら0の筆者に比べると、さぞ心のダメージが大きかったに違いない。
力が抜けてうなだれて家路につくタカトの背中が……いまにもくじけそうで……くじけそうで……どんどんと小さくなっていくように見えてしまう。
もしかしたら……もう、道具作りをやめてしまうのではないだろうか……そんな心配すら筆者の頭をよぎるのだ。
やめるな! タカト!
くじけるな! タカト!
お前がくじけたら、筆者もくじけてしまうだろぅ……
――お願いだから、頑張って!
ビン子もまた、そんなタカトを見ながら胸を締め付けられるような思いをしていた。
――もう、あの真剣な横顔を見ることはできないの……
心配そうに声をかけるビン子の声が少し悲しそうに震えている。
「……タカト……大丈夫?」
「これやるよ……もう……俺には必要ないからな……」
タカトは力なくビン子の手に『恋バナナの耳』を押し付けた。
そんなタカトを少し離れた場所から黙って見つめる男がいた。
――懐かしいな……そうか、君はこの時に『恋バナナの耳』を完成させていたのか……
その男は、とぼとぼと会場を後にするタカトから目を離すと、おもむろに胸のポケットから取り出した古びた極め匠シリーズのドライバーをまるで懐かしい過去を思い出すかのようにジッと見つめはじめた。
――惜しいな……その才能……私だけは少なくともアレについて10点をつける代物だったのに……
そんな男に準備係の係員が声をかけた。
「クロトさま、そろそろ審査が始まりますので、会場の方へお願いします」
「ああ。分かった」
そして、もう一度、去りゆくタカトの背に視線を送るのだ。
――もう一度、あの時のように道具作りについて熱く語りあいたいものだな……タカト君……
第二章 完




