記憶41 最後の願い
軽トラックは世田谷区役所に近づいていく。
「もうすぐで世田谷区役所だ」
「言わなくても分かりますよ」
「どんな悲惨なことが待っているか分からねぇからな。心の準備はしておけよ」
亜理砂と頼斗は頷く。
車は世田谷区役所の正面で止まる。
区役所の前には数台のパトカーが止まっていたがそのうちの一台には血が飛びっちっていた。
そして、世田谷区民会館正面ではゾンビが入り口から出たり入ったりしていた。
「何が避難所よ!まったく機能してないじゃない!」
和花はハンドルを殴る。
優衣は軽トラックから降りるとパトカーに向かう。
パトカーの後ろのトランクを開けると上下二連式散弾銃が置いてあった。
「・・・使ってないんですね」
「とにかく弾をかき集めるわよ」
散弾はすべて亜理砂に渡された。
和花はパトカーに放置されていたM2013を利之に渡す。
「え?」
「持っときなさい。グロックだけじゃ不安でしょ」
「そうか・・・」
「斎藤くんはどうする?」
「俺はこれだけで良いですよ」
「本当に良いのね?」
「はい」
周りにいるゾンビが軽トラックのエンジン音に気が付きはじめて集まり始める。
「もう行くわよ」
頼斗達は軽トラックに乗り込むと軽トラックはゆっくりと進みだした。
道案内のために頼斗は助手席に座っている。
「家はどこ?教えてくれないと分かんないわよ」
「豪徳寺の真横です」
「豪徳寺ね」
ドン
軽トラックはゾンビを轢く。
フロントガラスの視界はほとんど血で遮られて見えなかった。
「よく見えますね」
「まぁね」
車は区立城山小学校を通るがここもグラウンドにゾンビがうろついていた。
「これから世界はどうなるのかしら?」
「世紀末でも迎えるんじゃないですか?」
頼斗は冗談半分で言った。
「ハハハハハ」
「ハハハハハ」
車内の中は笑い声が響いていた。
車は豪徳寺沿いの道を進んでいた。
住宅街は物音ひとつしないゴーストタウンに変わってしまっていた。
すると、一軒の和風の家が見える。
家の前にはワンボックスカーが一台止まっている。
「あれ?」
「そうです。あの家です」
軽トラックを路肩に寄せるとエンジンを切って降りる。
頼斗は玄関に向かいインターホンを鳴らす。
ピンポーン
「俺だけど。頼斗」
玄関の扉が開くと頼斗の祖父がレミントンM870を持って出てくる。
「アイツらは・・・いないな。・・・早く入りなさい」
頼斗達はそそくさと家の中に入る。
頼斗の祖父は玄関を閉めると、鍵を厳重にかける。
「よく来たね。ゆっくりしていきなさい」
頼斗達はすぐに居間に連れていかれる。
ちゃぶ台にはすでに人数分のお茶が用意されていた。
その周りに頼斗達は座る。
「あ、紹介します。俺のじいちゃん斎藤 源二郎(さいとう げんじろう)です」
源二郎は軽く礼をする。
「その横は、じいちゃんの親友の杉島 直彦(すぎしま なおひこ)です」
直彦も軽く礼をする。
「田原 和花です」
「佐々木 亜理砂です」
「小笠原 優衣です」
「辻 利之です」
それぞれ軽く名前だけを言った。
優衣は部屋の隅っこに立て掛けてあるレミントンM870が目に入る。
「その散弾銃は・・・?」
「これはワシのじゃ」
直彦がレミントンM870を持つ。
「お聞きしますが装弾数は?」
「8発」
「違法じゃないですか!」
「おや、警察なのかね?」
「そうですよ。・・・手帳はありませんけどね」
「どうせこんな世の中じゃ、捕まえるにも捕まえられんじゃろ」
「そうですね・・・」
源二郎がテレビをつける。
しかし、どの局のチャンネルも入らずずっと真っ黒のままだった。
「頼斗。携帯は使えるか?」
「え?あぁ、携帯?」
頼斗は携帯を取り出すと電波を見るが、圏外となっていた。
和花達も見るが、同じく圏外で何も出来なくなっていた。
「ダメだ・・・」
「すべての携帯会社全滅ね」
頼斗は携帯をポケットにしまう。
「それにしてもよく帰ってきたな」
「まぁ・・・」
「こっちも大変だったんじゃぞ」
ジャコッ
直彦はレミントンM870のレバーをコッキングした。
「ちょ!部屋の中だぞ!」
利之が驚く。
「弾は入ってないわい」
しばらくの間誰もしゃべらない無言の時間が続いた。
「何で頼斗は来たんだ?」
「何でって・・・じいちゃんを迎えに来たんだよ」
「いい孫をお持ちのようじゃな」
直彦は源二郎の背中を叩く。
バシッ
「冷やかすな!・・・頼斗。おじいちゃんは嬉しいけどな、ワシは逃げようとは思わんよ」
「何で!?」
「ワシはな、もう人生を満喫しきった」
「そんなことないです!」
亜理砂が立ち上がる。
「まだ、元気そうですし大丈夫です!」
「ありがとうな、お嬢さん・・・でも、これはワシの最後の願いでもあるんだよ」
「・・・じいちゃんは残るのか?」
「あぁ、残るよ」
「直彦さんも?」
「もちろんじゃ」
「わかった。俺ら行くな」
「そうか。それならこれを持っていくんじゃ」
直彦は亜理砂にレミントンM870を渡す。
「え・・・?でも・・・」
「その代わりにその散弾銃は置いていってくれないかの?」
「・・・分かりました」
亜理砂はレミントンM870を受け取ると、上下二連式散弾銃を直彦に渡す。
「それと、これも使いなさい」
源二郎は車の鍵を和花に渡す。
「レンタカーじゃが、ワンボックスカーだから全員乗れるじゃろ」
「なんか色々すいません」
和花が深々とお辞儀をする。
「良いんじゃよ。どうせ老い先短いんじゃ」
「さぁ、行きなさい」
「ありがとう!じいちゃん!」
頼斗達は玄関に行き靴を履く。
「車は家の前に止まっておるからな」
「本当にありがとうございました!」
頼斗達は深々とお辞儀をする。
そして、直彦の家を出る。
頼斗達はワンボックスカーに乗り込むとエンジンをかけて出発した。
源二郎と直彦はそれを見送ったあとで家に入ると玄関の鍵を厳重に閉めた。
「行ったな・・・」
「さてと、飲み明かそうかの」
「酒あるんだろうな」
「取っておきのヤツが取ってあるぞ」
源二郎と直彦はそう言いながら居間に入っていった。




