93.村について
「疑うような態度を取って悪かったのぉ。お前さん方の様子を見させてもらっておった」
様子と言うのはきっと俺の検知魔法と同じ生命力の高さを調べるものだろう。しかもそれだけではなく人間性まで見る事の出来る高度な術に違いない。
少なくとも俺もアリスもヴィーラ族に対して邪念は持っていないので、長は警戒を直ぐに解いたのだ。
——ほんの数分前、長は肘掛けに片肘をつき、静かに客人を見据えていた。
長にとってはリンクが得体のしれない力の持ち主を引き連れて自身の方へやって来るのはなんとなく察しはしていた。そして実際に様子を見てみると目の前に居る男の人族は自身の三倍以上の強さを持っていた。
(こやつめ力を持つ者の余裕か……全く緊張などしておらぬ)
大した武装もしていないこの男がなぜこんなに力を持っているのだ?もしリンクが脅されているのならとんでもない話である。
(この人族……我がヴィーラ族を支配する為に来たのではあるまいな)
長の鼓動が早くなり背筋に冷たいものが走る。
(最悪の場合、自身の身を犠牲にしてでも村の民たちを隠すしかない。到底立ち向かえる相手ではないが、時間稼ぎ位はできるはずだ)
長は側近を近くに呼び寄せ耳打ちをした。自分が合図を出せばすぐさま村人を避難させるようにと。
だが、二人の人族の様子を見て直ぐに考えを改めた。曇りのない表情に邪心のない魂の色、二人とも力任せに自身の欲望を満たすような愚か者ではないと。
九死に一生を得た……
長は大きく息を吐き出した後、客人の前にも関わらず両手を合わせ頭上に持って行くと大きく伸びをした。「すまないのぉ、客人の前だが無理をしすぎた様じゃ」すると周囲に会った隠された気配が去って行った。
——警戒を解いたか……
見張られていた事を認識していたのはおそらく俺だけである。それが消えた同時に俺自身も警戒を解いたことはこの爺さんも気付いているはずだ。
(やはりな、爺さんの筋肉の緊張も緩んだ……そろそろ服を着ればいいのに)
俺の心の声を他所に、目の前の爺さんはニコニコ顔で口を開く。
「人族の方よ、我が仲間を助けてくれてありがとう。ほっほっほっ、わしは一応この村を納めて居るヴィグ・オーランドと言う者じゃ」
オーランドが頭を下げたので、俺達も「どうも」と言ってペコリと頭を下げた。
「先ずは、我がヴィーラ一族を束ねる者として礼を言わせてもらう。有難う」
オーランドは一旦言葉を呑み込み、俺とアリスを舐めるように眺めだした。
「そちらの男性は随分鍛え上げられておられるな、リンクがやられた魔物を倒すだけの力はある。それと……そちらの女性は奥方様かね?」
その一言でアリスは突然表情が崩れ、両頬に手を当てた。そのアリスのリアクションを見てオーランドは大口を開けて「かっかっかっ」と笑い出す。
(え?アリスが奥方だと?この爺さんは大きな勘違いをしているぞ)
慌てて俺がそれを否定しようとするとアリスに口を塞がれた。
「いや、この女性はアリスと言って妻じゃあ……むぎゅ」
アリスがいきなり俺の口を押さえつけ、満面の笑みを浮かべた。
「あら、さすが年の功ですわね。お分かりになります?おホホホ……もぉ、恥ずかしいわ、テレッ」
(な、なんだ、テレって……)
「なんと、レア殿とアリス殿はご夫婦であったのか。道理で良く息が合っておられると思った。こんなにお似合い女性を娶るとはレア殿もなかなかやるな」
リンクも少し驚きの声を上げ、拳をポンっと打った。
「あらん♪こんなにお似合いで美しい女性だなんて。お上手ね、うふふ」
(おい、言われていない事を言って喜んでいるぞ……)
俺の顔は歪んでしまったが、逆にアリスはほんの少し頬を赤らめてすっかり上機嫌である。その上「実は私とレアとの出会いわね♪……」等と聞かれもしていないことまで語り出す。
(まずいな、どんな口から出まかせが飛び出してくるか判った物じゃない)
ここで話を遮ればアリスの機嫌が悪くなるのは承知しているが、やむなし。俺は彼女の前にしゃしゃり出て「その話は酒の席ででも……そう言えば……」と言って話題を無理やり変えた。
「ここは魔法で隠された村では無いとリンクから聞いたのだが、よければどういう事か教えて欲しい」
「おや?もう夫婦の馴れ初めの話は良いのかの?まだ聞いてみたいんじゃが……」
オーランドはニヤニヤ笑いながらアリスに問いかける、
パッと口を開け、立膝を取り再び喋り出そうとするアリスの口を今度は俺が塞いだ。彼女は頬をぷくっと膨らませ眉を歪めながら身を屈めた。
「すまない、こちらも時間が無くてな」
まだ時間はあるとはいえ武術大会まであと20日、それまでにもう少しアリスの強化をしてサイクロプスの魔石を手に入れなければならない。必要事項以外は削除していかないと。
と言うのは俺の勝手ないいわけだ。
「それは残念じゃ……」とオーランドは眉を落とし自身の顎を撫でた。
「その話はまたの機会にとっておくとして、それよりもこの村がどうなっているかを知りたい」
話題を変える為に偶然思いついた内容だったが、ふと、俺の頭の中にある考えがよぎる。
(もしかすると氷の月の二十一の日に来ると言われている大量魔物の暴走対策の糸口がつかめるかもしれない)
「余程この村の存在について興味があるようじゃな。まあ、隠し立てをするつもりはない。この村はヴィーラ族の為だけに存在する我々だけの楽園、いわゆるこの星惑星メラのパラレルワールドに位置するものじゃ」
(パラレルワールド……異なる別世界という事か。では、何故こんなにヴィーラ族はとって過ごしやすいパラレルワールドが有るのにリンクはあちらの世界に行っていたのだ?)
俺がロダンの考える人の様に顎に手を当てていると、オーランドは再び口を開いた。
「ふむふむ……あちらとの決定的な違いはここにはヴィーラ族のしか住んではいないのと、魔物は居ないのじゃよ」
(魔物が居ない。そうか、だから動力源である魔石をあちらの世界に取りに行っていたという訳なのか)
「そうじゃ、お前さんの考えている通り、この世界の動力源は魔石によるものじゃ。だからリンク達は魔石を取りに出かけておる。幸いあの辺りには人族が殆ど入ってこないのでな」
(どういう事だ、さっきから俺は一言も言葉を発していないぞ。何故返事を返すんだ)
俺ははっと我に返り、瞬きを忘れる程オーランドを凝視した。
「かっかっかっ、すまぬのぅ、勝手に頭に入り込んでくるのじゃ」
オーランドは笑いながら髪の無い頭をポリポリと掻いた。オーランドの独語の様な様子を見てアリスはキョトンとしている。
(……つまり先程までのアリスとのやり取りも分かっていてやっていたという事か、困った奴だ)
「という事は魔石取る為だけにリンクはあちらに行っていた……と」
(え?ちょっと待てよ?人族との因縁ヴィーラ族の子供を攫われそうになった事で起こったと聞いたが、ここに居れば子供が人族と関わることは無かっただろう)
俺の中で解決できない矛盾が生じる。
「そもそもここの世界があるのに、何故子供が向こうの世界をうろついていたのだ?」
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