85.盛り上がりすぎなんじゃないか?
暫く俺が何も言わずに黙っていると、クライブは静まり返った周囲をキョロキョロと見渡しすと冒険者達の目は一斉に彼に注目していた。それに気付いたクライブは「チッ」と舌打ちをした後、重たい口を開いた。
「つい余計な事を言っちまった。す、すまなかったな。ところであんたさっきも言ったが、武術大会には出るつもりはあるのか?いや、当然、冒険者なんだから出るに決まっているよな?俺も冒険者として強い奴と手合わせを願いたいんだよ」
頭を下げたりはしないものの、クライブは謝罪の言葉を口にした。地味にかつ煽る様に武術大会の参加を促してきたのだ。
(人目を気にしての行為だが、見る人間によっては好意的に映る。我慢以上に得るものがあるとの判断だな)
「ああ、アリスと共に参加するつもりでいるが」
そもそも俺はアリスと共に参加するつもりだったので別段困ることは無いのだが、否定すればこのギャラリーの多い場で断れば腰抜けだと周囲に知らしめることになる。
(奴にとればそこが舞台の上であっても、この場であっても自身の名が上がればそれで良いというわけか……)
「へへへ、じゃあお前たちと戦える日を楽しみにしているぜ」
大会のルールではランク違いの奴とは戦えないはずだ。俺にはニヤ付きながら煽ってくるクライブの意図が読めない。
当然アリスもその事を知っているので、キョトンと首を傾げているが、クライブの取り巻きは彼と同様ニヤ付いていた。
「ランクが違うのに戦えるのか?あんたはCで俺はGでアリスはEランクだが」
どういう事だ?と問いかけるてみるが、クライブはそんなことを気にしている様子は一切見られない。当然アリスは自分には全く関係ないとばかりにそっぽを向いてしまった。
「ああ、知っているさ。2ランク上まで挑戦できるって事をな。お前は無理でも、そこのアリスだったかな?そいつならCランクで出られるはずだ。まさかヒドラを倒した英雄様が同ランクで出るなんてありえんだろう?」
(俺ではなくアリスに目をつけていたのか……卑劣な奴め)
俺の中で奥歯を噛みしめる音が自分でもはっきりと聞こえた。
クライブの一言でギャラリー達は息をのみ、辺りは重苦しい空気へと変わっていく。皆が緊張をしながら次の展開を待っているのだ。
その中でニヤ付いているのはクライブとその取り巻き達だけ。逃げれば腰抜け確定だ。
俺はすぐにでも席を立とうかと思ったが、心配そうに見つめて来るヤックが気になった。
エスカレートの発端はヤックが俺達の名を呼んだところから始まっている。
「自分が迂闊にも名前を呼んでしまったからだね」とヤックは獣人独特の普段はピンと立っている耳もシュンと垂れ涙目を浮かべていた。
俺は「気にするな」と言ってからヤックの耳元でそっと呟いた。
「あの男の言っている『2ランク上で戦える』と言う話は本当か?」
「うん……。昔ね、同ランクで強すぎる人が居て皆が辞退したことがあったんだよ。その後、特例が新設されたんだ」
(特例が有ったのか。まあ、アリスがあの男に負けるとも思えないし、今後もこの街で冒険者として生きていくなら、彼女にとってこの戦いは必要な事かもしれぬ)
俺は不快な気持ちを抑えこみ、クライブを睨みつけた。
「わかった、お前の誘いに乗ってやる。師匠としてアリスはCランクに挑戦させよう」
アリスは『ブーッ』と口からワインを吹き出した。
「な、なんですって!私を再起不能にさせたいの?」
今までシカトを決め込み、この話に関わらない様にしていたアリスだったが、流石にCランクに挑戦させるといった俺の言葉は青天の霹靂だったのか、目を泳がせながら俺の顔を見つめた。
「大丈夫だ。お前の為に高級回復薬を大量に買っておいてやるから、強者の胸を借りてこい。それに出なければ破門だ」
アリスは俺の言葉に顔を紅潮させ、わなわなと唇を震わせる。
クライブは『言質を取ったぜ』とばかりにニヤリと笑みを浮かべ、「じゃあ、楽しみにしているぜ」と言い残してその場を離れて行った。
クライブと取り巻きが「再起不能決定だな」と言った聞きたくもない言葉が耳に入って来る。一瞬の沈黙の後、一人の脇役冒険者が大声で叫んだ。
「うおおお!今大会最高のカードだぜ!どちらが勝つか賭ける奴はいないか?」
「乗った!」
髭面の男が100ピネル札を持って高々と腕を上げた。
「よし、俺はアリスに300だ」
「何を言ってやがる、クライブさんに500だ」
『ドンドン』と床を蹴る激しい音と共に、冒険者達の激しいやり取りが辺りを飛び交い、幾人かが口々にアリスに激励を飛ばした。
(きっと、そいつらアリスに賭けたやつらだな)
俺は横目でアリスを見てみると、彼女は唇の端がわずかに引きつり、顔を少し背けている
俺はアリスの手を持ち席を立った。突然の事に、アリスは目を丸くして、ほんの少し耳を赤く染めた。
「さあ、もういいだろう。俺達はホテルに戻る。そこをどいてくれ」
俺達に絡みついて来る奴らを避けながらホテルに戻るまでの間、アリスは握られた手をじっと見つめていた。
「は、初めてだよね。手を繋いでくれたのは……」
予想外の方向からアリスの突っ込みが入った。
俺は人ごみから脱出する為の目的で手を引いただけだったのだが……どう返していいのか困惑した俺はすぐさま話題を変えた。
「あ、あの……胸を借りろと言ったが、俺はお前が怪我をするとは全く思ってはいない。むしろ相手に大けがをさせないようにな」
全く目を合わせずに言葉を発た俺に、アリスは『へ?』と口をポカンと広げた。
ほんの数秒の沈黙の後、彼女は小首をかしげて、何度も視線を往復させニヤリと口角を持ち上げた。
「なんなのそれ?へたくそだね」
どうやら俺の照れ隠しはバレていた様だ。
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