77.ボス戦 2
「フハハハハハ……こんな奴が居るとはな。どうだ、俺の配下にならないか。片腕として重宝してやろう。金も女も思いのままだぜ」
パトリツィオは内ポケットから取り出した10万ピネル金貨を指で弾きながら怪しげな笑みを浮かべた。
「話にならないな。俺は金にも女にも困ってはいない。それよりも約束だ、俺の質問に答えて貰おうか」
レアはパトリツィオ話を切り捨て、エルザに目をやった。エルザはちょこんと椅子に腰を掛けたまま相変わらず無言で、表情を一切変えない。傍若無人に話しかけてきた彼女とは全く違う。まるで借りてきた猫だ。
エルザは一体何を考えているんだ?もしかしてわざと捕まったのか?通常のエルザなら俺の姿を見てもう少し何らかの反応をしても良さそうなものだが……
レアはエルザの状態が心配になり、パトリツィオに尋ねた。
「おい、その娘に何か魔法でもかけているのか?」
食い入るようにレアがエルザの様子を尋ねて来るのでパトリツィオも少しうんざりした様子でその質問に答えた。
「特に何の魔法も使ってはいない。連れて来た時からこの様子だ。この娘の潜在能力の高さは知っている。そのうえでこの様子だ。俺の強さが分かっているからこそ、抗いても仕方が無いと思っているのではないのかね」
パトリツィオがそう答えると、背後に居るエルザは黙って手を逆ハの字に動かした。そして、パトリツィオの背中を指さした後、『早くこいつをやっちまえ』と言わんばかりに自分首を斬る素振りを見せた。
今まで不動だったエルザが突然リアクションを取り出したのだ。それもパトリツィオに分からぬように。あまりにもその様子が滑稽で思わず吹き出しそうになるが、ここはじっと我慢。ちょっと、やめてくれ。
なんだよ、しっかり判っているんじゃないか。だが良かった。この様子から何かの魔法をかけられているわけではなさそうだ。と言うよりも、何故黙って腰を掛けている?まさかこいつ……
レアはエルザとの最初の出会いを思い出す。彼女は見知らぬレアをレアと認識して声を掛けてきた。つまり、レアと同じように相手の生命力を感知できるだけでなく、その人物を特定できる何かの魔法を持っている事が推測される。よって、レアが自分を助けに来ることは予め予測できていた事は十分にあり得る。
こいつ、俺が助けに来ることを前提にのんびり過ごしてやがったな。
エルザの小賢しさに笑いがこみ上げてくる。だが、その判断は正しい。その期待が無ければ彼女なら勝てなくとも、ギリギリまで抗う選択肢を取るだろう。だが、助けられる事が分かっているなら、自身が傷つかないにこしたことは無い。ここまでパトリツィオが冷静であるというのは、エルザがそれをパトリツィオに伝えたという事だ。
あいつの事だ、俺に勝てたら添い遂げるとかなんとか口から出まかせな事を言ったに違いない。
「やれやれ、つまりエルザはお前に屈服したという事か……」
今、エルザの真意を読み取られるわけにはいかない。レアは突き立てた細剣をゆっくり下ろしながら本音と真反対の事を口にした。
レアのそのセリフはパトリツィオにとっては戦意喪失を意味するものだった。パトリツィオは不敵に笑いながらエルザの方へ向き直り、レアにこう言った。
「この娘はエルフと人間とのハーフだろう。見た目以上に生きているに違いないしまだまだ長生きをするだろう。それにこの強さだ。俺の子を作るのにもってこいの素材だ」
そのセリフを聞いたエルザはパトリツィオの背後で嘔吐の真似をする。
止めてくれ、笑いが出てしまうではないか。レアは何とか咳払いをして笑いを飲み込んだ。
とどのつまりは、パトリツィオがエルザを攫ったのは、自身の子孫繁栄の為だった。強者の母体と自身をかけ合わせる事で強者の子孫が生まれる。長寿のエルザを嫁にして子孫を増産する事で、この星を一族で支配をしてしまおうと考えているのだろう。
稚拙な長期計画だな、本気でそんな事を考えているとしたら、あまりにも幼稚だ。そんな奴が王などになれるとは到底思えぬ。
それに、子供同士が領地争いをして戦争になるなどこれまで当たり前のように起こっているぞ。こいつは歴史を学んだりはしないのか?
「成程、安易な考えだな。それにその計画には無理がある。理由は簡単だ。俺が此処に居るのだからな」
レアがそのセリフを言い終えるかどうかのその時、突っ込んできたパトリツィオがレアの首を掴んだ。
へえ、なかなか強い力だ。
3万程度だったはずのパトリツィオの生命力が50万まで増強した。これがこいつの本来の力なのだろう。通常の人間ならこの圧倒的な力で首を絞めらていると、何時首を折られるか判らない恐怖で心が折れても仕方あるまい。
レアの首を掴んだパトリツィオは不敵な笑みを浮かべながら徐々にその力を上げていく。レアは一応苦しそうな表情を浮かべておく。
「どうだ?お前が此処に居ても何も変わらぬ事が分かったか?お前の命は俺が握っている。フハハハハ、正に握っているとはこの事だな」
全くくだらない冗談である。この長期計画といい、今の冗談と言い稚拙極まりない。こんな奴がこの星の王にでもなれば、住人はえらく困る事になるぞ。
レアは思わず頭を抱えて大きなため息をつきそうになる。
「もういいかな」
レアは自身を締め上げているパトリツィオの腕を掴んだ。そして苦しげだった表情を一変させ、ニヤリと笑った。
「な、なに?」
パトリツィオの顔が歪む。
「実は全く効いていないんだよ。今何をしているんだ?」
レアは首を掴んでいたパトリツィオの腕を強引に引き離し、握った腕に力を籠める。その腕はミシミシと音を立てると、パトリツィオの表情は驚きから苦悶様に変わった。
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