6.依頼を受ける
「そうですね、品物の名前とかは憶えていますか?だいたいジュース1杯は10ピネル。ビールだと50ピネル。安いランチだと50ピネルもあれば食べられますね。魔石代は二つで830ピネルだから、安い衣類一式をそろえることは出来ますよ。ギルドを出て東に向かえば商店街がありますので、そこに服屋さんも有ります。街ではややこしい人物もうろついているので気を付けてくださいね。実力が無いなら集団に入る方が安全です。集団に入っていると手を出されにくいですから」
ヤックは本当によく舌の回る奴だ。感もいい、俺が欲しいと思って言う情報を一気に話してくれた。不愛想だが、一応心配もしてくれている。意外といい奴だな、こいつ。
そんな事を思いながらヤックの顔をじっと見ている俺に気付いた彼女は、急に頬を赤く染め顔を伏せてしまった。獣人は見つめられると照れるのか?
「有難う。では買い取りをお願いする。それとノービスで受けられる中で最も収入の良い依頼を教えて貰えると助かるのだが」
つい今しがた頬を赤く染めていた彼女だが、俺のそのセリフで違う意味で頬を赤く染めた。俺の図々しい願いに対して憤慨したのである。
「ちょっと、冒険者になったばかりなのに一番収入の良い依頼を教えろですって、何を考えているのですか、依頼を舐めているの?右も左も分からないのにそんなの出来るわけないじゃない」
こんなに怒るのは駆け出しの調子に乗ったノービスが身の丈に合わない依頼を受けて、失敗するという件が多数あるという事なのだろう。そうなれば本人にペナルティが有るのは勿論だが、やはりギルドの信用にも関わるので厳しく目を光らせるのは当然の事か。けれど、俺はただのお調子者のノービスではない、最強の魔術騎士なのだ。依頼をこなす事などきっと余裕だ、よって引く気は全くないのである。
こういう相手に迂闊にものを言うと倍返しに合う、暫くは黙るのが得策だ。……やはり思った通り、俺の様子を伺っていた彼女だが、俺が黙っているとしびれを切らしたのか彼女はドンッと机をたたき、再び口を開いた。
「ええ、いいでしょう。教えてあげますわ。でもね、先程説明した通り依頼をこなせなければ慰謝料が発生するって言ったわよね。今手渡した魔石代を直ぐに返金することになるかもしれないわよ?それでもいいのね」
ほらな、こういう口の回る奴は勝手に話を進めてくれるものだ。目を吊り上げ、頬を膨らませながら、ヤックは掲示板から一枚の依頼書を剥ぎ取り、それを机の上にドンッと叩きつけた。それにしてもドンドンドンドンと、手は痛くないのか?心配すると「余計なお世話よ」と言われてしまった。
「さあ、これよ。やめるなら今のうちだからね」
明らかに横柄な態度に見えるが、俺の事を心配してくれての事だろう。これは決して自惚れではないはずだ。なら、俺の実力を認めてもらう為にも、尚更その難解依頼を解決したいと思えてくる。その方が今後依頼を受ける時に都合がいいはずだ。
その依頼書には『花弁付きシルバールピナスの採取、報酬は1株につき1,000ピネル』と書かれてあった。確かに1株につき1,000ピネルとは相当割の良い依頼である。
「ああ、それで構わない」
「あのねぇ、シルバールピナスは幻の花と言われていてね、その草を見つけるだけでも大変なのよ。ましてや花が咲いているシルバールピナスなんてそうそうに見つけられるものではないの。止めるなら今のうちよ」
提示してくれたはずなのに、依頼を受けるのには随分否定的だ。絶対無理だと決めつけられている。そう言われても、1株採取するだけで先程の魔石2つ分より高額なのである。検知魔法が使える俺がそれを止める選択肢など有り得ないのだ。それに、1株見つけられれば、効率よく金を稼げる手段も持ちあわせている。
「いや、その依頼が良いんだ。それと、そのシルバールピナスがどんなものかを調べたいので、この辺りに図書館でもあれば教えて欲しいのだが」
何とか依頼を受けるのを止めさせようとしていたヤックだが、何を言っても引かない俺を見てため息交じりの諦めの表情を浮かべた。そして「ギルドから北へ20分ほど歩くと中央図書館があるわ」と言って、依頼書に受諾印を押して俺に手渡した。
「シルバールピナスの生えている所には、強い魔物が出てくることもあるから誰かと一緒に行きなさいよ」
強い魔物とはどんな奴だ?あの犬のような奴かな、まあ、何が出ても平気だ。気持ちは受け取っておくが、それは却下だ。俺のレベルは破格なのだ。
◇ ◇ ◇
ギルドを後にした俺は、先ず服屋へ向かった。こんな目立つ格好とはもうおさらばだ。だが、本音を言えば、今着ているスーツは柔軟性に富み防御力もすこぶる高く、めちゃめちゃ高価な品なのだ。それを変だの変わっているだの好き放題言われて……くそぉ、しかたがない、郷に入っては郷に従えというので、それに関しては諦めることにしたのだ。
ヤックに教えられた服屋へ行き、一般大衆が来ている何処へ行っても目立たない服装を800ピネルで揃えた後、俺は図書館へ向かった。この衣装の威力は凄い。威力と言っても攻撃力や防御力の事ではない、それらはほぼゼロに近い。そうではなく、あれほどまでにジロジロ見られていた俺だが、一切見向きもされなくなったのだ。俺はどれだけ変な格好をしていたのだろうと、少し悲しくなる。それに比べてこの服は、生き物の保護色ならぬ保護衣装である。完全に溶け込んだな、これで安心して本を満喫できる。
図書館に着いた俺は入館料5ピネルを払い中へ入った。これで俺の所持金は25ピネル。依頼をクリアしなければ飯も食えない状態だ。貴重な金を払って入ったのだ、出来る限りこの星の情報を吸収したいと思っている。
俺が取り出した本は百科事典だ。あらゆる分野の情報が端的に書かれており、写真まで載っているので実に分かりやすい。俺は『記録』の魔法を使い、本の内容を脳に刻んでいった。
この魔法の便利なところは刻まれた情報が瞬時に翻訳され、絶対記憶として残ってくれることだ。必死になって何度も反復せずとも一度見ただけで覚えられる。今まで行った事のある惑星の情報と比較できるのはこの魔法のお陰である。勿論不要な情報は消去できるのだが、記録される情報量はほぼ無限に近いので消去する必要はほぼほぼ無い。
読む必要はない。見るだけでいいのだ。見るだけでそこに書かれている情報が刻まれていく。傍から見れば嘸かし滑稽に見えるだろう。なんせ、本を勢いよくパラパラと捲っているだけなのだから。
俺はおよそ1時間かけて、百科事典に加え国語辞典も脳に刻み込んだ。これでこの惑星で過ごす為の情報は、概ね身に着る事が出来たはずだ。シルバールピナスも把握が出来た。これで依頼は問題なくこなせるだろう。
それに付随して分かった情報としては、この星は惑星メラ、聞いたことのない星だ。そしてこの街サンプール市はここ、ボルトリム大陸のほぼ中央に位置する街だ。百科事典によると、この星の科学力は、宇宙空間を移動する手段を持ち合わせてはいないという事だ。それどころかまだ大気圏を突破する事さえできてはいない。ならばデバイスを使っての帰還は不可能だ。『空間移動』をしようにもこの惑星の宇宙空間位置情報を割り出すことが出来なければ、使用することは出来ない。俺はいつ惑星イメルダに帰ることが出来るのだろうか……
それと気になっていた事の解決だ。ここには電柱が無いのに光がある。その動力は何処に有るかと言うと魔石なのだ。全てを魔石に頼っているわけではなさそうだが、殆どのものにそれが使われている。つまり、冒険者の魔物狩りは、この星の動力元の確保として無くてはならないものなのだ。
ふと疑問が湧く、魔物を狩りつくすとどうなるのだ?残念ながら百科事典と国語辞典にはその答えは無かった。
まあ、当面、ここで生きて行かなくてはならない事が確定した。落ち込んでいても仕方がない、ふと家に残してきたペットのピケの事を思い出した。ピケは一緒に暮らしている俺の両親が世話をしているはずだが、ちゃんと餌を貰っているだろうか?そんな事を考えながら俺はシルバールピナスの採取へと向かった。
いつも読んで下さりありがとうございます。




