57.魔物を喰らう魔物
ウッドハウスを放り出されるとそこは幻影魔法外の場所だった。さて、これから魔物を喰らう魔物を探すにしてもどれがそいつかどうかなんて検討がつかない。実際、喰らっている所を直視できれば「こいつだ」って判るのだが、そんなに都合よくそいつらと出会える等とは到底思えない。
ここは、冷静になって考えてみるか。
一番外側の四層目はサーベルウルフや、トーンラビット、それにスライムなどのひ弱な魔物だけ。これまで見てきた事実より考えて、こいつらは被食者だ。こいつら以外の魔物がこのエリアに居るとすればそいつが捕食者という訳だ。よって、ここで空間認識魔法を使ってそれ以外の魔物が居るかを確かめる……が、居ないな。
どうやらこの四層目には該当する魔物は居ない様だ。それなら三層目に行かねばなるまい。
もう俺はGランクの冒険者になっているのだから、三層目に入っても一応ペナルティは無い。だから、堂々と行ってやる……って、どう考えてもおかしいだろう。ヒドラを二人がかりで二匹倒したアリスが二階級アップのEランクになっているのに、単独で三匹倒した俺が現状維持とは。一体、ギルドの職員は何処を見て人を判断しているのだ。
なんだか妙に腹ただしくなり、何故かメラメラと怒りが沸いて来た訳だが……ふと我に返る。
いかんいかん、俺はこの星を出て行く人間だ。加えて俺はめちゃくちゃに強いのだ、ランク何てどうでもいいではないか。それに俺には惑星イメルダの騎士団の指揮官という最高の肩書があるではないか。それをランクが上がらないと拗ねてしまって……まだまだ人間が小さいな、俺は。
とまあ、要は魔物探しが暇なのでどうでもいい事で反省してしまったのだ。
俺が森の中を歩いていても、魔物と出会う事はほとんどなく、見かけると猛ダッシュで逃げてしまう。今までなら直ぐにでも襲い掛かって来ていたのだが、魔物を喰らう魔物の出現で警戒心が強くなっているのかもしれない。大した事件も起こらぬまま、森と樹海の狭間に到着した。ここは四層目と三層目の境目だ。
以前、アリスと来た時にはここにサーベルウルフが群れを成していたが、今はそいつらも居ない。気配は感じるので、何処かに身を隠しているのだろう。
そしていよいよ俺は三層目に足を踏み入れた。どうでもいい事だが、初めてとずれる場所というものはこんな所でもそれなりに気分が高揚するものだ。魔素が濃いだけあって、どんな魔物が出るかちょっとばかし楽しみになる。
特殊な植物や魔物の出現を待ったが、期待外れ。ただ単に薄暗いだけで、特徴のない風景だ。木の多くはツタが絡まっており、それらに交じって擬態した蛇タイプの魔物が飛びかかって来るかと思いきや、それも無い。ここで気付いた事は思っていたよりも冒険者達はここに足を踏み入れていないという事だ。道らしき道はなく、有るのは獣道、いや魔物道と言ったところか、僅かに草木が踏み倒されているだけだ。この木々に囲まれた視界の悪さは弱い冒険者達にとって、何時魔物が襲ってくるか判らない怖さがあるのだろう。
確かにこんな場所に制約を無視したノービスの冒険者が入り込んだら、無事には戻れないかもしれないな。
あれ以来俺はロッシから教えて貰った魔素感知を常に使用している。だからこそ判るのだが、この三層目は四層目と比べて魔素が濃い事は実感できた。この辺りを検知すると魔物も深層の方が危険度は高いという事が分かる。ヤックが言っていた「時空の歪みを中心に外に行くほど魔素が薄くなっている」という話は間違いない事実だ。それだけに本来深層にしか居れない魔物が浅層へ移動できる事は人類にとってかなりの脅威なのである。
この層の魔物達を検知しながらさらに深層へ進んでいると、直ぐ近くでバキバキっと枯れ木がへし折られる音がした。その方向へ目をやると前見た奴より小型だが、やつは間違いなくヒドラだ。緑色をしたボディから出た五本の首がキョロキョロとあちこちを見渡している。そして蛇の様な顔をしたその口からはシャーシャーと舌を出しながら周囲を感知しているのだ。
おかしいな、確か前に戦ったヒドラは濁った黄色い体をしていたが、こいつは緑だ。それに前見た奴の目は狂気じみていたが、こいつはそうではない。戦闘に入り興奮すると身体の色を変えるのか?
俺が特に気配も消さずにヒドラを凝視していると、奴は俺に気付き襲ってくる事もせずにその場で威嚇を始めた。こいつは明らかに俺の生命力を薄々感じて警戒している。あの濁った黄色い奴では見られなかった行動だ。
俺が一歩前に進むとヒドラも一歩後ずさりをして、鋭い牙をむき出しにしながら低い唸り声を上げる。長い首は何時でも攻撃できるように、もたげて威嚇姿勢を取っている。
これ程までに怯える魔物を狩るのは俺のポリシーに反するところではあるが、こいつも俺以外の相手だと平気で襲い掛かってくる奴だ。悪いがここで狩らせてもらう。
俺のスカルサーベルは残念なことにマイクに貸したままだ。よって自分としては長らく使っていなかった細剣を取り出しヒドラの前に突き出した。
五本の首が一斉に俺を睨みつけ、更に牙をむき出しにしながら一層大きな唸り声をあげていたが、突然その警戒心が他所に向けられた。一本の首が別のヒドラによって噛みつかれたのだ。唸り声が悲鳴の様な鳴き声に変わる。
「あいつは……」
噛みついたヒドラは以前見たヒドラと同色の濁った黄色い体をした奴だった。目の前に居るヒドラよりも一回り以上大きく、首も八本ある。緑色のヒドラは俺を警戒するあまり、奴の存在に気付けなかったのだ。
目の前で繰り広げられる攻防、しかし生命力も首の数にも、また大きさにも差がある。緑色のヒドラの首は全て押さえつけられ、その身体はどんどん食われてく。喰らうヒドラは俺の事など全く警戒もせずに、黙々と食べ続けた。
奴が身体の全てを食らいつくし、その後に現れた魔石をもバリバリと食い散らかした後、奴の身体が一回り大きくなったうえに、首がもう一本生えてきたのだ。
生命力も増えてやがる……
俺の存在気付いた捕食者は全く俺を警戒することなく、九本の首を全てこちらに向け舌なめずりをしたのだ。
こいつ……緑の奴と違って全く警戒をしないとは、俺の実力が判らないのか。……そうか、魔物を喰らう魔物は頭の中までイカレちまうんだな。
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