5.冒険者(ワーカー)になる
「本来ならば、出所の分からない馬の骨の様な輩を冒険者登録するわけにはいかないんですよ。マイクさんが『俺が責任を持つから』と熱心に言って来られたので、渋々お受けするのです」
キツネの様な耳を持った可愛らしい女性の受付嬢が、上目遣いで俺を見ながら口を尖らせてそう言った。マイクの信用はかなり高そうだ。もしかすると、この娘マイクとただならぬ関係か?いや、無いな。マイクがこの娘を見ている眼はどう見たってビジネスの眼だ。という事は一方的な片思いって奴だな、可哀そうに。
「何を考えているのですか?余計な詮索は無用ですよ」
見透かされる様に受付嬢から睨まれた。さすが獣人、なかなか鋭い洞察力だ。
まあ、そんな事はいいとして、彼女の発言は当然の事だと思う。冒険者が何かをすれば全てそいつを雇っているギルドが責務を負わねばならないわけなので、出所の分からない奴を警戒するのはもっともの事だ。獣人を受付に置いているのは人よりも感覚が鋭く、偽りを見抜く能力に長けている為だろう。しかし、そんなリスクを背負って迄、何故マイクは俺の世話を焼いてくれるのか……
「ああ、気まぐれさ……って言うのは冗談で、記憶が無いから判らないのかもしれないが、お前は何処かの戦士だったに違いない。実力のある身元の分からない奴が生きていく為に『ブラックシューズ』等のマフィアに入って治安を乱すことが良くあるんだよ。お前があっち側に行ってしまうとかなり厄介そうだからな、街の治安を守るためにやったと思ってくれ」
成程な、行き場を失った若者や、流れ者を引き入れて『ブラックシューズ』は大きくなったという訳か。つまり、ギルドとマフィアは敵対していると受け取ってもいいという事だな。相手を強くさせない為に俺への親切を買って出た、何処まで本当の話かは分からないが、まあ、いきなり絡んできた『ブラックシューズ』と親切に対応をしてくれたマイクとでは、どちらが治安を乱しているかは一目瞭然だ。それならば、俺も俺なりに街の治安維持に協力させてもらう事にしよう。
「ああ、そういう訳か。マイクにも思惑はあるだろうが、俺にとっても仕事があるのは助かる。出来る限り迷惑をかけない様にするさ」
「ハハハ、それじゃあ、ギルドの詳しい事はそこのヤックに聞いてくれ。ヤック、頼んだよ。じゃあ、健闘を祈る」
「はい~♪ マイクさんお任せくださ~い」
マイクはそう言って笑いながら去って行った。目の前に居るどうやらヤックという名前の受付嬢が、デレた笑顔を浮かべてマイクを見送ったと思えば、一転、険しい表情に変わり、机の下からバサバサと書類を出して、俺を怪訝そうに眺めた。鼻をピクピク動かしている所を見ると、特殊能力で俺の真意を探ろうとしているきらいもある。
「じゃあ、色々説明していきますので、同意をされたら冒険者登録をします。くれぐれもマイクさんに迷惑をかけない様にしてくださいね、それと、さっさとお願いします。私も忙しいので」
おい、いきなり声のトーンも違うぞ。さっきまでと対応がまるで違うではないか。それに迷惑って、ギルドではなくてマイクにか。ギルドを差し置くとはこの娘、マイクの事を気に入りすぎだろう。その部分はスルーしてやるぞ。
そうふと頭をよぎったが、俺はこの娘に興味があるわけではないので実は一向にかまわない。だが、相手にされなかった事が少々気に入らなかったのか、ヤックは少し口を尖らせながら一切俺と目を合わさずに説明を始めた。
この星のギルドの仕組みは他の星のそれとほぼ同じだったので、直ぐに受け入れることが出来た。ランク式だ。依頼をこなせばランクが上がる。最低ランクはノービスから始まり、依頼をこなしある一定の基準に達するとGランクになる。アルファベットの逆に登っていき、最高はAランクだ。
勿論、ランクによって受けられる依頼とそうでない依頼がある。だか、ソロだと受けられない依頼でも集団に入ってと上位ランカーと共に受けられるので、下位ランカーは集団に入って、せっせと上位ランカーの下働きをするらしい。下働きは大変だが、それの方が早くランクも上がるし、金も稼げるからだ。
どこの集団にも所属せずに個人同士でパーティを組むことでも、上位依頼を受けられるが、あまりそういう奴は居ない。結局ソロの非力な奴とは誰も組んでくれないからだ。
依頼をこなす際には、同じ集団内でパーティを作って行動することが多く、それは一時的なものから固定のものまで様々。中でいじめなどがあると、別の集団へと移籍してしまうので、それなりの人間関係は保っているらしい。それでも人間のする事だ、一筋縄ではいかないだろうけどな。
ヤックはそこまで説明すると、色々な誓約書を目の前に並べた。
1.ギルド内では冒険者同士争ってはならない。
2.依頼を放棄すると、依頼料の10パーセントの慰謝料が発生する
3.依頼料の5パーセントをギルドの手数料とする
4.ギルドを通した依頼以外の業務を受託した際、緊急時に於いては許容するが、
意図的なものであれば、賞罰の対象とする。
等など、他にも色々書かれてあるが、主な内容はそんな所だ。まあ、順当だと思う。集団の事は書かれていないが、それは集団ごとに誓約書があるらしい。
俺は一通り目を通した後、それぞれの書類にサインをした。
「それでは、登録いたします。えっと、お名前はブレア・グリーン・シェピスさんですね。個人情報を記録しますので、ここに掌を乗せてください」
「ああ、それと、俺を呼ぶ時はレアで構わない」
ヤックは「はあ?こいつ何を言ってんの?」みたいな顔をしたが、その後で「はいはい、レアさんですね」と渋々俺のいう事に応えてくれた。勘違いしないで欲しい、ヤックの為にそう言っているのだ。だって、長いし言い難いだろ?
薄い緑が光る板に掌を乗せると、俺の遺伝子情報が吸い取られていくのが判る、それ程文明は進んでいないのに、こんな器械があるなんて驚きだ。この器械の目的は、生命体の情報を記録して、本人であることを確認する為だ。相当細かい情報を記録するので、他人と間違う事はあるまい。それと、なにか犯罪が発生した時、その場に犯人の情報が少しでも残っていればその人物が特定できるって事だ。犯罪を起こさせない為の足かせでもある。良心的な事は登録される情報はあくまでも解剖学的な情報のみで、経歴や年齢などは含まれない。その辺りはプライバシーが保護されているのだ。
薄い緑の光が消えると、横の隙間からカードが飛び出してきた。俺の名前とIDナンバー、それとノービスと書かれてある。それを手渡される時ヤックは「完全なる生命体の証明書だから、紛失には注意して」とかなり念を押した。
「じゃあレアさん、ランクが上がれば、その都度カードは更新されますので、頑張ってくださいね。くれぐれもマイクさんに迷惑をかけない様にお願いしますよ」
再び言われた。どれだけマイクの事を慕っているのだ。少し呆れ顔でヤックの顔を見てしまった。
あ、そう言えば……
「そう言えば、ここは素材の買い取りもやっているのか?」
とても素材を持ってい無さそうな俺がそう聞いたものだから、ヤックは驚いた顔をしながら答えた。
「は、はぁ。買い取れるものは買い取っていますよ。でも、買い取り金額はその時の需要と供給の関係で変動しますので、固定ではありませんが」
「では魔石なんかはどうなんだ?」
「はい。魔石は消耗品なので何時でもそれなりの買い取り価格になっています。魔石を拾ったのですか?ラッキーですね。でも、普通の石じゃないですよね?」
この娘は、俺が魔物を倒して手に入れたとは思ってくれないのだな。俺は亜空間ボックスから2つの魔石を取り出した。
「え?どこから取り出したのですか?奇術師ですか?凄いですね。冒険者よりも奇術師の方が儲かるんじゃないですか?あ、すみません魔石でしたね。うーんと、これは……サーベルウルフとデスバードの魔石ですね。魔石なんてなかなか落ちていないのにラッキーでしたね。えっと、今の買い取り価格ですが、サーベルウルフの魔石は300ピネル、デスバードの魔石は530ピネルで買い取れますが、如何致します?」
良くしゃべるな、こいつ……それがどのくらいの価値かはよく判らないのだが、一文無しなのでその値段で買い取って貰うしか仕方がない。まあ、衣類を揃えるのに足りなければまた森に潜って魔物を狩ればいい。でも一応聞いておくか
「すまない。買取価格はそれで構わないのだが、記憶喪失で物の価値が判らないのだ。1ピネルがどれくらいの価値が有るのか教えて貰えないか?」
ヤックが椅子から転げ落ちそうになる程驚いていたのは、言うまでもない。
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