53.ミラージュを探しに 1
アリスにヤック、それにオリバーまで元気よく手を振ってくれるので、渋々俺は全く会った事も無いミラージュとやらを探しに出かけることになった。皆がエルザ寄りなので少々寂しいが、アリスから「師匠だから、いえ、師匠じゃないとできない事なのよ、弟子として鼻が高いわ」等と言われると行かざるを得ない。早く魔法の修行をしたいがために、体よく追い出された気もしなくはないが、アリスに頼られているのは事実なので悪い気はしない。自信の単純さに呆れてしまうが……
が、もうすぐ日が暮れる。最強だとはいえ、腹も減るし明日から野営の可能性もあるなら今夜位は柔らかいベッドで眠りたい。アリスの方も明日の朝からエルザとの修行という事なので、今日はホテルに戻って明日朝いちばんに出かける事にする。
エルザの情報によればミラージュと最後に会ったのは二十年前、当時五十歳くらいだったので今なら七十歳は超えていると。この星の人間の平均寿命がどれくらいなのかは知らないが、そもそも生きているのか?と尋ねた所、あのじじいは生きているよと、何の根拠もない発言だ。
容姿を聞いても、二十年も経っているので変わっているだろうから意味が無いと言ってくる。面影位は絶対に残っているぞ。彼女が言った事は一言、髭を生やしているのだそうだが、そんな奴何処にでもいるぞ、全く意味のない情報だ。髭を頼りに探していて現在剃っていたなら永遠に見つからないではないか。
エルザの丸投げ感と適当さに呆れてしまうが、あの幼顔で微笑まれると何も言えなくなってしまう。やれやれだ。
朝を迎えると、アリスは嬉しそうにスカルサーベルを手に取り出て行った。お気に入りだった細剣は丁寧にお礼を言って俺に返してくれた。ベヒモスをスカルサーベルで斬れたことが余程嬉しかったのだろう。
さて、俺も行くとするかな。
憂鬱な気分の中訳の分からない人探しが始まるわけだが、幸いなことに天気が良くて、気温も暑くもなく寒くもなく心地良い感じである。これがピクニックなら嘸かし楽しい気分になったであろうが、訪れる先はじじいと来たのだから浪漫もへったくれも無い。
丁度街外れの空き地を通り過ぎようとした時、妙な熱気を感じると思いそちらに目をやると、なんとマイクが汗をまき散らし一心不乱に剣を振っていた。こんな朝早くから熱心な事だ。だが、その表情はかなり悲愴だ。先の一件がまだ尾を引いたままの様である。
申し訳ないがただでさえ面倒な依頼を受けているのだ、これ以上憂鬱な気分になりたくはない。黙って通り過ぎようかと思った時、既にフラグは立っていた様だ。マイクが俺を見つけてすぐさまやって来たのである。
「何処へ行くんだレア」
気配を消していたつもりだが、見つかってしまった……
「ああ、ちょっと野暮用でな」
「頼む、少し話を聞いてくれないか……」
額いっぱいに汗を掻きながら真剣な眼差しで俺を見つめて来る。仕方がない、これは断れないやつだ。そう言えば、惑星イメルダの魔術騎士の部下達も行き詰った時に同じような顔をして俺の所にやってきたものだった。マイクもあの時と同じ熱心な部下の様に思えてくる。
俺の数多くある自慢の内の一つは、部下の頼みを断った事が無い事なのだ。
「ああ、先を急ぐので歩きながらでもよければ聞くぞ」
俺がそう言うと、ほんの少しだがマイクの表情が明るくなった。そして、俺と歩調を合わせながら話し出した。
「レアはアリスを育てたと聞いている。俺はアリスがパーティで苦労をしていた時の事を知っているんだ。彼女に手を貸そうかと思った時にはレアの弟子になっていた……すまない言い訳に聞こえるよな、彼女が困っている時に手を貸さなかったのは事実だ」
話の趣旨が判らない、一体何が言いたいのか。
「悪いが、話が見えないな。アリスに対して謝罪をしたいのか?それとも彼女との仲を取り持ってほしいのか?」
その言葉にマイクは慌てて首を横に振った。
「いや、違うんだ。そんな事じゃない。すまない、本題に入らせてもらう。……どうやって彼女をあんなに強くしたんだ?頼む、俺にも稽古をつけてくれないか」
相変わらず必死の眼差しだ。そっちのほうか、まあ、そうじゃないかと思ったけどな。
「マイク、お前の剣術は一流だ。これ以上剣術を鍛えても伸び代は少ないだろう。俺は敢えてお前に魔法を習得することを要求する。お前もアリスが剣に魔法を纏わせたときの強さを見ただろう。お前の剣術と魔法を組み合わせれば今の何倍もの強さを手に入れられる」
「だ、だが、俺には魔力が……」
「ああ、魔力を持っていないというのだろう?心配するな誰にでも魔力はある。今は極端に許容量が少ないだけだ。それを修行で拡張させてから魔法の使い方を教える」
俺はマイクにスカルサーベルを手渡した。アリスを育てた時にも使った方法だ。スカルサーベルは武器としてもそうだが魔力のキャパを増やす際にはとても有効だ。ただし、俺が傍についているという条件付きだがな。
「それを持って『刀身よ出ろ』と祈りを続けろ。今はそれでいい」
「い、祈るのか?よく分からない話だが、何か仕掛けでもあるのか?この筒に……」
「筒って言うな。スカルサーベルという魔法の剣だ。ベヒモスを倒すときにアリスが使っていただろう?」
「あれは黄金の光輝くの刀身でそんな筒ではなかったぞ?」
「それはアリスが魔法で出していたんだよ。どうでもいいから、祈り続けろ」
「……分かった。レアがそう言うなら意味があるのだろう。うまくいくか判らんがやってみる」
マイクはまるでお経を唱えてでもいる様にブツブツ言いながら祈りを込めていたが、ほんの10メートル程歩くとその場にへたり込んだ。
「ど、どういうことだ……ハアハア……胸が締め付けられるように苦しい……ハアハア」
早いな。もう魔力切れか。おちょこほどのキャパしかないな。
「心配するな。直ぐ楽にしてやる」
「ちょ、ちょっと待て、ら、楽にするとは……ハアハア……まさか俺の命を狙って……」
「馬鹿たれか」俺はため息をつきながらマイクの頭に手をやり、魔力を回復させた。
「お?急に楽になった、助かった、有難う。何をしたのだ?分かった回復魔法だな。きっと、さっきまで剣を振っていたから極度の脱水になって心臓への栄養血管がいきなり収縮したのかもしれないな」
俺にお礼を言いながら自分の症状に理屈をつけ納得するマイク。色々考えたようだが残念だな、単なる魔力切れだ。だが、魔力切れでへたっているという自覚は全くない。それもそのはず、魔力を使った事のない者が魔力切れを起こす事など無いのだから。つまり、初めてってやつだ。
「さあ、元気になったのなら先に進むぞ。ちゃんとスカルサーベルを手に持って祈り続けるんだぞ」
しんどくなった原因がそれとは知らず、マイクは「よし分かった」と元気に頷いた。
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