40.討伐後
「う、うわぁぁ。魔物が魔物を食いやがった!」
俺の後ろで冒険者達が騒ぐ。俺も魔物同士が争っているのは見たことあるが、食っているのを見たのは初めてだ。食う事でパワーアップできる事を知った魔物が増えると厄介な事になるぞ。
ただ、パワーアップしたとはいえ所詮5,000程度、まだまだ俺の敵ではない。とりあえず、その事は全く無視をして俺はヒドラの首を狩りにかかる。
再生力も早くはなっているが、俺の刈る速度にはついていけてはいない。みるみるうちに首が吹っ飛ばされて無くなっていく。最後はいつもの通り、首一本になったところで大きな体と一緒に真っ二つにしてやった。
「終わったぞ」
丁度アリス達も二体目を倒し終えた所だった。目が合ったアリスとマイクは親指をグッと立て、嬉しそうに頷いた。
俺が背後に目をやると、その場にいる冒険者達が、口をポカンと開け、目を点にして一斉にこちらを見ていた。辺りは静まり返っている。
あまりの異様な光景に、思わず俺たちは目を合わせ、ゴクンと生唾を飲んでしまった。
僅か数秒の沈黙の後、冒険者達は一斉に歓喜の声を上げた。
「あ、あんた達何者だよ。こんなことが出来るのはマイクさんだけだと思っていたよ」
「有難うございます。もうだめかと思いました。本当に助かりました」
「凄いぜ、一人でヒドラを倒しちまうなんてよ、それどこで手に入れた剣なんだ?すげえ格好いい剣じゃねえか、俺にも紹介してくれよ」
大勢の冒険者達が俺達を取り囲み、次々に機関銃の様に称賛の言葉を投げかけて来る。アリスなどはその美貌もあってか、次々に若い男が彼女を過剰なまでの絶賛だ。当のアリスは目をクルクル回しながら、両手を上にあげアワアワしている。
マイクはこういうのに慣れているんだろうな。年齢を問わず女性の冒険者達に囲われ、べたべたと触られている。それでも愛想よく、まるでアイドルだ。この様子をヤックが見たなら、嘸かし歯ぎしりをする事だろう。ただ、俺の所に来るのは年を取ったおっさんばかり、おーい、俺が一番多くヒドラを倒したんだぞ?
そんな取り巻き達の後ろでは、怪我を負った冒険者達が座り込んだり、寝転んだり。取り敢えず、命に関わる程の者はいないが、骨折している者や、身体の一部が欠損している重傷者はいる。軽症者も含めて二十人程度だ。
その程度の傷、俺ならあっという間に治せるが、能力をひけらかすようでそれは躊躇してしまう。まあ、あいつらも曲がりなりにも冒険者だ。自分達で回復薬くらい持っているだろうし、余程の時には大量に保持をしている回復薬を提供してやる事を考えていたのだが……おや、あいつは。
「おい、アリス、ちょっとこっちへ……」
「ちょっとごめんなさいね」とギャラリーに軽く頭を下げながら人を掻き分け「何?どうしたの?」と俺の元へとやって来た。
「ほら、あそこを見てみろ」
俺が示した方向にはどうやら何かで重傷を負ったドナルドが地面にへたり込み、その横ではグリフがおろおろしていた。
「あら……」
「アリスはもう回復魔法を使えるよな?」
俺が彼女にそう問うと、不敵な笑みを浮かべながら黙って頷いた。
◇ ◇ ◇
「あら、ドナルドにグリフも来ていたのね。怪我をしているみたいだけど、大丈夫?」
真っ赤になった顔いっぱいに冷や汗を掻き、唸りながら足を押さえ必死に痛みを堪えるドナルド。その右足の膝から下はあらぬ方向に向き、下腿の一部は欠損していた。どう見ても膝関節で完全に折れていて、欠損部からの出血はまだ止まってはいない様に見える。
「ああ、アリス。お前もここに来ていたのか。そうだ、お願いだ、回復薬を持っていないか?それも強烈なやつ。ドナルドの足がこんな事になっているんだ。頼む、金は払う、持っていたら分けてくれ」
なんだこいつら、回復薬も持たずにヒドラを狩りに来たのか。それにお前も来ていたのか?だと、全くヒドラとの闘いを見ていなかった様だな。どうせ、適当に安全な所で待機をしながら協力者を装って、ご相伴にあずかろうって魂胆だったのだろう。
偶然アリスを見つけたグリフが必死に懇願する。その後ろで大勢のギャラリーが見守っているのは全く目に入っていない様子だ。
必死になるのも当然なわけで、このままドナルドの治療が出来なければ、グリフが彼を抱えて街に行かねばならないのである。出血やけがの程度を考えると途中で死んでしまう事も予想されるのだ。それに、何もせずとも痛がって気性が荒くなっているドナルドを抱えて歩くなんて……八つ当たりされるのは目に見えている。
グリフは他の冒険者にも回復薬を譲ってもらえるように頼んではみたが、骨折を治せるほどの物は誰も持ってはいなかった。きっとアリスも持ってはいないだろうが、ここで彼女を頼れば搬送に協力してもらえるかもという思惑もあった。放って帰る訳にもいかないので、どうあっても何らかの策を講じねばならない。
「ごめんなさい。残念ながらその傷を治せる程の強力な回復薬は持っていないの」
グリフの願いもむなしく、アリスは両手を合わせた。案の定か、とグリフは落胆したが、アリスはまだ話を続けた。
「でも、ダメ元で良ければ、回復魔法をかけることは出来るわ」
俺が渡している回復薬を彼女は持って居るのだが、確かに欠損部まで治るかどうかは判らない。不確定要素が多いという事はあるが、ダメ元でもそれを渡さず、何故、そんな事を言うかと言えばだな。これは以前アリスから聞いた話だが……
回復薬の値段は概ね決まっていて、パーティ外の冒険者からそれを貰うのは若干割増の通常販売という形をとる。ただし、実際に売るのは他のパーティに譲れるほどの在庫を抱えている場合に限りで、譲渡するかどうかもパーティが決める。そして物という観念の無い魔法による治療は、いわゆる自由診療にあたりだいたいの相場はあるものの、治癒したのなら治療者が値段を設定できるのだ。
なんせ、そういう場合というのは魔物の出る場所で起こる事が多いので、魔力を使う方も本人だけでなく、パーティにとっても死活問題だ。よって、無駄な魔力は極力使いたくない状態なのに使わせるわけだから、多少高額になっても仕方が無いという訳だ。
俺がアリスに魔法の法則を教えてやったお陰で、以前の魔術師だった時よりも色々な魔法が使える様になっている。回復魔法もそのうちの一つだ。おまけに今は俺の身体強化魔法のお陰で魔法の効果も三倍だ。今なら骨折の治療はおろか、組織再生ですら余裕でできるだろう。
「な、何?お前回復魔法が出来たのか?ま、まあいい、た、頼む。ダメ元でもいいからやってくれ」
これは瓢箪から駒だ、とグリフは大喜びでアリスに頭を下げた。なんせ、治療が失敗したところで責められるのはアリスなのだから。それに失敗すれば搬送も頼みやすくなる。
「ドナルドもそれでいいの?」
荒い息をして、険しい表情をしているドナルドも「さっさとやれ」と言わんばかりに頷いた。
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アリスは出来る事がとっても増えました。




