21.サーベルウルフ討伐
おお、アリスの生命力が837にまで上がっている。マイクには遠く及ばないが、これだけあればそこらの冒険者よりも十分強い。ギルドに居た冒険者達の生命力はだいたい平均で350くらいだったからな。彼女の実力が知れ渡れば、引く手あまただろう。あっさりと俺の役目は終わったな。
このオリハルコンの原石から作った剣を、卒業祝いのプレゼントとしよう。
「よし、アリス。いよいよ目的のサーベルウルフ100体の討伐だ。奴らが何処に居るかは既に目星は付いている。早速向かうぞ」
ボロボロになったローブを纏わせたままで申し訳ないが、このままさっさと終わらせることにする。後でちゃんと服を買ってやるからな。
空間認識魔法でサーチしたところ、この森の更に奥は樹海へと繋がっている。丁度その樹海との境目がサーベルウルフとそれ以上強い魔物に分かれる境界になっており、強い魔物から追われたサーベルウルフ達はこの森まで逃げ込んでいるのだろう。強い魔物達はこちらのエリアには入れないからな。したがって安全県内のそこらがサーベルウルフのたまり場になっているのだ。その強い魔物とはダークバイソンだの、ワイルドボアだの、美味そうな……おっと、強そうな魔物達だ。とっととランクを上げて奴らを狩りたいものだ。
ん?何でダークバイソンだの、ワイルドボアだのを知っているのかって?それは高級食材として百科事典に載っていたからさ。
おっと、また話がそれてしまった。俺の声掛けでアリスは身体を震わせた。いわゆる武者震いって奴だ。俺はアリスに「もうスペルサーベルの刀身を作れるはずだ。それで戦ってみたらどうだ」と進言したが、今回はどうしても細剣で戦いたいというものだから、それを容認した。
一緒にオリハルコンの原石を掘り当てた仲間に対して、愛着を覚えたらしい。なんせ、あの修行の後も俺の細剣を握りしめて、一向に返してくれぬのだから。少し焼きもちを焼いてしまう程だ。
ん?どちらに対して焼きもちなのかだと?……野暮な事を聞くんじゃない。
まあ、この星にはスペルサーベルが無いのだから、あれを使うと異端児扱いされそうだし、余程の事が無い限り温存しておいてもよいかもしれない。ただし、訓練だけはして、何時でも使える様にしておくのだぞ、アリス。
「はーい」
俺は声を出さずそう思っていただけだが、アリスは不思議と返事をした。俺の心が読めるのか?と問うと、何となくそう思っただけだとさ。
◇ ◇ ◇
俺たちは森と樹海の狭間に向かった。途中、俺達を見つけたサーベルウルフに出くわしたが、アリスがあっさりと細剣で両断。3倍の重力を課しているにも関わらず、素早く剣を振ることが出来ている。重力が3倍なので、単純に生命力を3で割った数値が今の彼女の生命力とほぼ同等とみなすのだが、それでもサーベルウルフの生命力より高い数値なのだから驚く事ではない。
剣の振り方に関しては教えていないので、適当に振り回しているだけだが、ここらの魔物レベルだとどうやっても勝てる。
「さあ、いよいよ樹海の狭間に到着するぞ。あそこを見てみろ、まるで狭間を守るかのようにサーベルウルフが犇めき合っているではないか」
俺たちは木の陰に身をひそめながらその様子を伺った。サーベルウルフ達はざっと見て50体は居る。単なる冒険者なら震え上がっている所だろう。そして、奴らが犇めき合っている更に奥は、暗くて分かりづらいが、醸し出している異様な雰囲気はこことは違った世界のように感じる。
未知の世界への興味が俺を駆り立てるが、俺たちが行ける所はここまでだ。まあ、行こうと思えばいけなくはないのだが、ギルドの規約に触れてしまう。わざわざ目を点けられる様な行動を起こす程、俺は馬鹿ではない。したがって、ここでサーベルウルフを100体狩るのだ。勿論、全てアリスにやらせる予定である。
「さあ、アリス。盛大に舞ってこい」俺はアリスの3倍重力を解除した。
「なにこれ、身体がめちゃくちゃ軽い、細剣もまるでタクトを振っている程度のものだわ」
喜んだアリスはその場でぴょんぴょん跳ねた。普通に飛んでいるだけだが、1メートル以上は楽に跳躍している。ひとしきり身体の動きを確認した後、アリスは俺の細剣をブンブン振り回しながら、ロケット弾の様にサーベルウルフの群れの中へ突っ込んでいった。彼女に怯えは全く無い。
ほほう、すっかり自信が付いたようだな。それにしても、タクトなんて言葉をアリスから聞けるとは、彼女は音楽を聴くのか。今度一緒にこの星の音楽を生で聴きに行ってみるかな。そう言えばラジオから流れていたあの音楽はなかなか心地が良かったな。
とまあ、呑気に別の事を考えていたのだが、俺の意識は猛烈にアリスに引っ張られた。
美しい。アリスの動きは実に軽やかで、まるで演武を披露している様だった。生命力が上がった分、感性も良くなっておりサーベルウルフ程度の魔物相手だと、まるで360度に目が付いているかの如く軽やかに攻撃を躱し、襲い掛かる敵を見事に切り裂いていったのだ。
『先見』の魔法を使っているわけではない。そもそもまだ使えない。純粋にアリスの感性がそのような戦いを選んでいるのだ。五感を最大限に働かせ、全身でサーベルウルフの動きを感じ取り対応をしているのだ。素晴らしい。
更に彼女を観察して気付いたことは、戦いの中で彼女の生命力の上限がどんどん増えている事である。生命力は身体を酷使する事でも増えるが、魔物を倒すことでも増える様なのである。どうやら、この星では魔物を倒すとその生命力の一部が自分に還元されるらしい。つまり、魔物を倒せば倒す程強くなれるという訳だ。そうと分かれば、アリスにはもっと魔物を倒して貰わないとな。
ぼんやりとアリスの演武を眺めていたのだが、まだ戦い始めて10分ほどしかたっていないのに、その辺りに居た50体ほどのサーベルウルフを無傷で壊滅させていた。そして彼女の生命力は950を超えたのだった。
「見事だ。すっかりサーベルウルフは居なくなってしまったな。ここらで一旦休憩にするか」
アリスは細剣を器用に回しながら、鞘へ納めた。
「ええ、美味しい珈琲が飲みたいわ」
いつも読んで下さりありがとうございます。
弱かったアリスも逞しくなりました。




